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WiLL Vi・VS・サイファ — 異業種と組んだブランドの3台は、土台を既存のトヨタ車から借りていた

公開: 2026-08-25 / 更新: 2026-08-25

クルマを知るのイメージイラスト

クルマのエンブレムは、ふつうメーカーの名前です。ところが2000年代のはじめ、トヨタはビールや洗剤や文房具と同じブランド名を掲げたクルマを売っていました。「WiLL(ウィル)」というブランドの3台です。

この記事が読むのは、トヨタが2012年に公開した「トヨタ自動車75年史」の第3部第4章第6節第2項と、同じ社史の車両詳細情報のページです。発売から10年以上のちにまとめられた自社の記録であって、当時の発表資料ではありません。当時こう考えていた、と読むのではなく、この会社が自社の歴史をどう書いたかとして読んでください。

先に結論です

  • 発端はシェアと客層の両方だった。社史は「当時、トヨタの国内販売のシェアは、40%を割り込む状況にあった。」と書き、社長が「国内市場での劣勢に強い危機感を表明していた」と続ける。そのうえで課題を「トヨタ車は若者や女性層から敬遠されがちであるとの課題が明らかになってきた。」という客層の言葉で立てている
  • 1997年8月に社内プロジェクト「バーチャル・ベンチャー・カンパニー(VVC)」が発足。社史によれば「社内から公募した若手メンバーを中心に構成され」ていた
  • 1999年8月、そのVVCがアサヒビール・花王・近畿日本ツーリスト・松下電器産業(現・パナソニック)と一緒に、異業種合同のブランド「WiLL」を立ち上げた。同じロゴを付けた商品を各社が出す試みで、クルマはそのうちの1ジャンルだった
  • 3台の土台は、どれも既存のトヨタ車。車両詳細情報は Vi を「初代「ヴィッツ」のプラットフォーム」、VS を「カローラ系からメカニズム部分を流用」、サイファを「プラットフォームは「ヴィッツ」と共通。」と書いている。新しさが置かれていたのは、形と、名前と、装備のほうだった
  • 社史はこの試みを成功譚として締めていない。「WiLLシリーズの販売実績は、約4万5,000台と多くはなかったものの、VVCの活動が企画・開発部門の意思決定へ与えた影響は大きく、その後の「bB」など、若者向けモデルの開発に生かされることになった。」。ブランド自体は「発足からおよそ5年で終了し」たと車両詳細情報にある

シェアの数字と、「敬遠されがち」という言葉

社史のこの項は、新型車の話ではなく市場と客層の話から始まります。

国内自動車市場の構造変化が進むなか、トヨタ車は若者や女性層から敬遠されがちであるとの課題が明らかになってきた。携帯電話の普及などライフスタイルが様変わりする社会情勢に、トヨタの商品展開が合致しなくなりつつあった。

数字も添えられています。「当時、トヨタの国内販売のシェアは、40%を割り込む状況にあった。」。1995年8月に就任した奥田碩社長は、就任会見で「海外展開のスピードアップ」「新規事業の開発・育成」「商品企画力・技術開発力の抜本的強化」「国内シェアの早期挽回」の4つを重点課題に挙げていた、と社史は書きます。

そして社史は、奥田社長が「国内市場での劣勢に強い危機感を表明していた」と書き、その流れでVVCを登場させます。

そのなかで、課題であった20代から30代の若者向けの商品・サービスの開発強化策として、1997年8月にバーチャル・ベンチャー・カンパニー(VVC)が発足した。

社史はVVCを「社内から公募した若手メンバーを中心に構成され、新型車の商品企画やスタイリングから、マーケティングに至るまで新手法を取り入れていった。」と説明します。クルマの中身をどうするかではなく、企画からマーケティングまでの進め方を変える取り組みとして書かれているのがこの項の特徴です。

ブランドは、クルマ会社の外側にあった

VVCの活動として社史が挙げるのが、1999年8月のブランド立ち上げです。

この活動の一環として、1999年8月にはアサヒビール、花王、近畿日本ツーリスト、松下電器産業(現・パナソニック)とともに、若者や女性にライフスタイルを提案する異業種合同のブランド「WiLL」を立ち上げた。

飲料・日用品・旅行・家電と自動車が、ひとつのブランド名を共有する形です。参加企業のその後は、社史の本文ではなくWiLL Viの車両詳細情報のページのほうに書かれています。それによると翌2000年にコクヨと江崎グリコが加わり、アサヒビールと花王は2002年に脱退しました。同じページには、こうもあります。

WiLLは20代~30代を中心とする層を顧客と捉えて、「遊びゴコロと本物感」のコンセプトを掲げ、各社が手掛けるWiLLの商品にはブランド名とオレンジ色のロゴが付けられた。

資料が書いているのは、各社の商品に「ブランド名とオレンジ色のロゴが付けられた」ところまでです。クルマがトヨタ以外のブランド名を掲げること自体が、この試みの中身でした。ブランド名の意味についても、同じページが書いています。「WiLLというブランド名には、作り手から明確な意志(will)を発信し、新たな市場、生活・消費の様式を生み出していくという意味が込められていた。」

3台の土台は、どれも既存のトヨタ車だった

ここが、この記事でいちばん確かめたかったところです。3台とも、車両詳細情報が土台の出どころを自分で明記しています。

  • WiLL Vi(2000年1月17日発売)— 「初代「ヴィッツ」のプラットフォームにシンデレラの馬車をイメージした、弓なりに反ったベルトラインと、後傾したリヤウィンドウが特徴のボデーを載せた。」
  • WiLL VS(2001年4月6日発売)— 「「Vi」より大型のカローラ系からメカニズム部分を流用し、これにステルス戦闘機をイメージしたスタイルの5ドアハッチバックボデーを架装した。」
  • WiLLサイファ(2002年10月21日発売)— 「プラットフォームは「ヴィッツ」と共通。」

諸元表を並べると、その関係が寸法にも出ています。以下は各ページの諸元表から取ったもので、いずれも代表グレードの値、エンジン最高出力はネット値という注記が付いています。

項目WiLL ViWiLL VSWiLLサイファ
全長×全幅×全高(mm)3760×1660×15754385×1720×14303695×1675×1535
ホイールベース(mm)237026002370
車両重量(kg)9401140990
エンジン2NZ-FE 1298cc
65kW(88PS)/6000rpm
1ZZ-FE 1794cc
100kW(136PS)/6000rpm
2NZ-FE 1298cc
64kW(87PS)/6000rpm
生産工場セントラル自動車(株)セントラル自動車(株)セントラル自動車(株) 本社工場
販売会社トヨタビスタ店トヨタビスタ店トヨタカローラ店、トヨタビスタ店

出典はトヨタ自動車75年史の車両詳細情報(WiLL Vi/WiLL VS/WiLL CYPHA の各ページ)です。VSの諸元表は3グレード(1ZZ-FEの2WD、2ZZ-GEの2WD、1ZZ-FEの4WD)、サイファは2グレード(2WDの1.3Lと4WDの1.5L)を載せており、上の表は各ページの先頭に置かれたグレードの値を1つずつ拾っています。販売会社の欄には Vi・VS とも「(沖縄地区はトヨタカローラ沖縄)」の但し書きが付きます。

ヴィッツを土台にした Vi とサイファはホイールベースが2370mmでそろい、カローラ系から流用した VS だけが2600mmです。生産工場も3台ともセントラル自動車。この一致は当サイトが諸元表を横に並べて気づいたもので、社史が「同じだ」と書いているわけではありません。

では、新しかったのはどこか

土台が既存車なら、この3台の何が新しかったのか。社史と車両詳細情報を読むかぎり、力が入っていたのは次の3つです。

ひとつめは形。社史は Vi について「従来のトヨタ車では考えられない斬新なデザインは、各方面から注目を集めた。」と書きます。実際、由来として挙げられているのが「シンデレラの馬車」(Vi)と「ステルス戦闘機」(VS)で、どちらも自動車の外から持ってきたイメージです。

ふたつめは名前。車名の説明が、この社史の車両詳細情報としては長めに残っています(ハリアーの車名欄が1文なのに対し、Vi は3文)。Vi の「V」は「Vehicle(ビークル)」、「i」は「I」や「identity(個性、独自性)」「independence(独立、自立)」「individual(個人)」から取られていて、原文はその宛先まで書いています——「といったターゲットである20代後半独身女性の自立、自己実現志向にちなんで名づけた。」。さらにこう続きます。

特に「i」は、「主張、意志を込めて」、車のidentityを表すために小文字にした。

1文字を小文字にした理由まで残されているのがこのブランドの説明の細かさです。3台目のサイファも同じ調子で、「「CYPHA」は、「CYBER(サイバー)」と「PHAETON(フェートン/馬車の意)」の造語。」とあります。1台目が馬車のイメージから始まり、3台目の名前にも馬車が入っている——ただし社史はこの2つを結び付けてはいませんので、並べているのは当サイトです。

みっつめは装備。3台目のサイファでは、形や名前の外側に具体的な機能が加わりました。

その名の由来はサイバーとフェートン(ボデー形状の名称)の造語で、個性的なボデーデザインと、トヨタの情報ネットワークサービスである「G-BOOK」の車載端末を初めて標準装備したことを最大の特長とした。

専用の通信モジュールを内蔵してタウン情報やイベント情報を受け取り、eメールの送受信もできる。車両詳細情報は「最新情報への書き換えや、自由にカスタマイズができるところなどから、「育てるクルマ」としてマーケティングした。」と書いています。2002年のクルマがネットにつながる端末を標準で積んでいた、という位置づけです。

なお VS には「2ZZ-GE型搭載車には、新しい試みとして、ステアリング上にシフトスイッチを設けたスポーツステアシフトマチックを採用した。」という記述もあり、走りの側の新しさがまったく無いわけではありません。

社史はこの試みをどう締めくくったか

この項の結びは、こうです。

WiLLシリーズの販売実績は、約4万5,000台と多くはなかったものの、VVCの活動が企画・開発部門の意思決定へ与えた影響は大きく、その後の「bB」など、若者向けモデルの開発に生かされることになった。

「多くはなかった」と書いているのはトヨタ自身です。そのうえで、残ったものは台数ではなく進め方のほうだ、と続けています。ブランドそのものの幕引きについては社史の本文に記述が見当たらず、サイファの車両詳細情報にこうあります。

なお、WiLLブランドは複数の異業種が、共通したブランドを冠した商品を開発する、という新しい試みであったが、発足からおよそ5年で終了し、トヨタのWiLLブランド車は合計3車種を送り出した。

1999年8月の発足からおよそ5年。クルマは3台。この項に「失敗」「撤退」という語は出てきません(当サイトが本文を検索したところ、いずれも0件でした)。書かれているのは、台数は伸びなかったこと、そして影響は残ったこと、の2つです。

まとめ

  • WiLL は1999年8月に立ち上がった異業種合同のブランドで、トヨタはそこへ3台のクルマを出した。社史はその発端を、国内シェアが40%を割り込んでいたことと、「若者や女性層から敬遠されがち」という客層の課題の両方として書いている
  • 3台の土台は、どれも既存のトヨタ車(Vi=初代ヴィッツのプラットフォーム、VS=カローラ系から流用、サイファ=ヴィッツと共通)。諸元表でも Vi とサイファのホイールベースは2370mmでそろう
  • 新しさが置かれていたのは形(シンデレラの馬車/ステルス戦闘機)、名前(「i」を小文字にした理由まで残っている)、そして3台目の車載端末のほうだった
  • 社史の結びは「約4万5,000台と多くはなかったものの」「影響は大きく」の2つ。ブランドは発足からおよそ5年で終了したと車両詳細情報にある

同じ項の3ページ目は、この時期にトヨタが出したもう1台——初代ハリアーにあてられています。土台を既存の乗用車から取った点は WiLL の3台と同じですが、そこに書かれた結果は違いました。「1999年には目標の3倍に相当する8万台近くを販売し、北米のレクサスブランドのベストセラーに躍進した。」。そのハリアーがどんな土台から生まれたのかは、社史の別の章を読んだ初代ハリアーの回にまとめています。トヨタが大衆車をどう位置づけてきたかについてはカローラの「80点主義」の回もあわせてどうぞ。

出典:トヨタ自動車株式会社「トヨタ自動車75年史」第3部 第4章 第6節 第2項「新ジャンル・ブランドへの挑戦」の1ページ目(ページ表題は「VVCによる開発強化」)と3ページ目(同「新ジャンルを切り拓いたハリアー」)、および同社史 車両系統図の車両詳細情報「WiLL Vi」「WiLL VS」「WiLL CYPHA」の各ページ。閲覧日は1ページ目が2026年8月23日、3ページ目と車両詳細情報が同年8月25日です。本文中の引用はいずれもこれらのページの記述で、諸元の横並び、ホイールベースと生産工場の一致、馬車の由来が2台に出てくる点の指摘は当サイトによる整理です。

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