クルマディグDIG DEEPER INTO CARS

ホームクルマを知る

「80点主義」は妥協ではなかった — カローラ60年、落第点をひとつも作らない設計思想

公開: 2026-08-06 / 更新: 2026-08-07

クルマを知るのイメージイラスト

クルマの話で「80点主義」という言葉が出てくるとき、たいていは褒め言葉ではありません。とがったところがない、優等生的で退屈、100点を狙わない安全策 — そういう含みで使われます。この言葉はトヨタのカローラとともに語られることが多く、初代カローラの主査だった長谷川龍雄が言い出したとされています。

ところが、その発言はトヨタ自動車75年史に残っていて、誰でも読めます。読んでみると、言っていることはほとんど逆でした。80点は上限ではなく、下限の話です。この記事では、トヨタが公開している75年史・カローラ50周年の特設サイト・ニュースリリースの原文と数字だけを使って、「80点主義」が実際には何を要求する考え方だったのかを追いかけます。カローラシリーズは、トヨタの記載では2026年10月20日に誕生60周年を迎えます。

原文はこう書かれている — 50点がひとつあれば失格

トヨタ自動車75年史は、初代カローラの節で「主査としてカローラの開発に携わった長谷川龍雄は、次のように述べている。」と前置きし、次の発言を載せています。

幅広いファミリーカーとして使用されるには、例えば中型車のように性能、居住性、フィーリングなどで満点に近い評価であっても、維持費や価格の面で一般ユーザーの手が出ない、いわば大衆車ユーザーからの評価が50点では、大衆車として失格です。大衆車は、あらゆる面で80点以上の合格点でなくてはなりません。後は固有技術なり、その車の特徴として特にどの点を80点より引き上げ、セールス・ポイントにするかです。

ここで語られているのは、点数の付け方ではなく落第点の作り方です。性能も居住性も乗り味も満点に近いクルマがあったとして、価格と維持費で手が出なければ、買う人にとっての評価は50点になる。ひとつでも50点があれば、その時点で大衆車としては失格 — そう言っています。

だから全項目で80点以上を取る。そのうえで、どこか一点を80点より引き上げて特徴にする。つまりこれは「100点を狙わない」という主張ではなく、「どの項目も落とさない」という主張でした。100点が1つあることより、50点が1つも無いことのほうを難しいと見た、と言い換えてもいいかもしれません。

その前に、トヨタは大衆車で一度つまずいている

この考え方には前段があります。カローラの5年前に出た、パブリカという大衆車です。

75年史によれば、パブリカは「第1次(開発ナンバー1A)、第2次(同11A)、第3次(同68A)と3次にわたる6年間の開発期間を経て」生まれ、1961年6月に38万9,000円で発売されました。売れなかったわけではありません。「パブリカは発売後1年足らずのうちに、月間販売台数が2,000台を突破した。」と記録されています。専用の第2組立工場も1962年5月に完成し、量産体制が整いました。

それでも、75年史の総括は厳しいものです。

同車の月間販売台数は、1963年12月には3,000台ラインを超えて、4,000台突入の勢いを見せた。しかし、パブリカは結局、専用の量産工場に応えるほどには販売が伸びなかった。本格的なモータリゼーションを引き起こすには、低価格であると同時に夢のある新しい大衆車が必要であった。

カローラ50周年の特設サイトはさらに踏み込んで、「本来であれば、パブリカをフルモデルチェンジし、大衆向けに進化させる予定だったが、技術的な課題やお客様の反応を受けて断念(その後1969年に2代目が登場)。」と書いています。価格という項目では合格していたのに、別の項目で落第していた — 長谷川の言う「50点」が、自社の直近の製品に実在していたわけです。

同じ特設サイトは、初代カローラをこう位置づけています。「「パブリカ」で学んだ“自家用車”購買層の上級志向心理に、性能、品質、経済性、快適性など、あらゆる面で応えた。」あらゆる面で、という言い方が、そのまま80点主義の言い換えになっています。

80点をどうやって取ったのか

では、具体的に何をしたのか。長谷川の発言と75年史の記述から、カローラが打った手を並べてみます。

まずエンジンです。75年史はこう書いています。「カローラのエンジンは、新たに開発したK型である。水冷4気筒の1,077ccは、他社の1,000cc大衆車に対し「プラス100ccの余裕」として大きな反響を呼び、いわば、ゆとりのエンジンであった。」長谷川自身も「エンジンを1,100ccにしたのも、こうした意欲の現れのひとつです。」と述べています。50周年サイトの表現では「排気量はライバルのサニーを100cc上回った1100ccとした。」となり、同サイトはさらに「当時の実用車としては贅沢なアルミ製ヘッドを採用。内部のクランクシャフトは振動の少ない5ベアリング支持とするなど」と記しています。

足まわりでは、ストラット式のフロントサスペンションを採用しました。75年史の用語注によれば、これは「構造が簡単で部品点数が少なく、軽量であり取り付けスペースも小さいなどの特徴がある」独立懸架です。ただし、すんなりとは進んでいません。

これは乗り心地、スペース、重量、コストなどの点でたいへん魅力的なものでした。一方、初めての機構だけに苦労も多く、ストラット・バーの最初の試作品が、わずか500㎞走行で使用不能となった時にはあわてたものです。その後、設計変更を繰り返し完全なものにしました。この機構はその後多くのトヨタ車に採用されました。

500kmで壊れた部品を、量産までに直しきったという話です。乗り心地・スペース・重量・コストが同時に良くなる機構は、80点主義から見れば理想的な選択肢でした。ひとつの部品で複数の項目の点数が上がるからです。

操作系にも手が入っています。長谷川の発言は続きます。「そのほか、当時は3段ミッションが普通だったのを全車に4段ミッションを採用したり、コラム・シフトをやめてフロア・シフトにするなど、当時としては思い切ったこともやりました。」50周年サイトによれば、フロアシフトの採用は「確実な操作ができるようにという配慮」で、「コラムシフトに慣れた人々は当初とまどったようだが、しっかりとした操作感など全体的には好評価だった」といいます。

そして、買ったあとの手間です。75年史はこう書いています。「また、大衆車として購入後の日常整備が容易な車とするため、メンテナンス・フリーの機構を採用した。足まわりを完全無給油とし、エンジンオイルは5,000㎞ごと、エンジンフィルターはカートリッジ式にして1万㎞ごと、またエアクリーナー・エレメントは3万㎞ごとの交換ですむようにした。」

項目初代カローラで打った手(トヨタの記載)
動力新開発K型 水冷4気筒1,077cc。他社の1,000cc大衆車に対し「プラス100ccの余裕」
乗り心地・重量・コストストラット式フロントサスペンション(部品点数が少なく軽量で省スペース)
操作全車4段ミッション(当時は3段が普通)、コラム・シフトをやめてフロア・シフトへ
維持の手間足まわり完全無給油/エンジンオイル5,000kmごと/エンジンフィルター1万kmごと/エアクリーナー・エレメント3万kmごと
品質のつくり方技術部の人間が現場に駐在するレジデント・エンジニア制度を初採用

出典: トヨタ自動車75年史 第2部第1章第3節第1項「カローラ」(長谷川龍雄の発言および同節の記述)。

最後の行は製品の仕様ではありません。長谷川の発言はこうです。「また、カローラの試作にあたっては、技術部の人間が現場に駐在し、現場と技術部の調整者として問題の発生に対処していくレジデント・エンジニア制度を初めてとり入れました。」全項目で合格点を取ろうとすると、図面だけでは足りず、作り方の側にも仕組みが要る — そういう順序で読めます。

「+α」は、あらかじめ決まっていない

トヨタは現在、この考え方を「80点主義+α」という名前で呼んでいます。カローラ50周年の特設サイトには「歴代カローラの進化 ―それぞれの「80点主義+α」―」という表題のページがあり、初代から11代目までの進化が一覧されています。

同サイトは、言葉の中身についてもはっきり書いています。

80点主義とは「100点である必要がないもの」というイメージで受け取る人が多いが、実はトータルバランスに優れ、さらに90点以上の突出した性能も持ち合わせていることを目指した言葉である。

「その結果、長く乗り続けることができるという、「実用車作りの神髄」を表わした言葉だ。」とも書かれています。ここで効いてくるのが、長谷川の発言の後半です。「後は固有技術なり、その車の特徴として特にどの点を80点より引き上げ、セールス・ポイントにするかです。」+αが何になるかは、あらかじめ決まっていません。だからページの表題に「それぞれの」が付いているのだと考えられます。

実際、世代ごとに引き上げた項目は違います。同じ50周年サイトの記述をたどると、3代目(1974年)は「車両サイズは先代に比べてホイールベースを35mm、前後トレッドを40mm拡大したが、このボデーの大型化は、排出ガス規制や衝突安全性対応に必要なスペース確保のためでもあった。」とされ、当時の環境規制への対応がそのまま寸法に出ています(この時代に各社が何と戦っていたかはマスキー法とCVCCの物語で扱いました)。5代目(1983年)は「世界的潮流に従い、後輪駆動(FR)方式に代えて、前輪駆動(FF)方式を採用」。7代目(1991年)は「1966年の誕生以来、高級化路線を進んできて頂点に達したモデル」。8代目(1995年)は「先代からボデーサイズはほとんど変えずに、多くのコンポーネントを引き継ぎながら、車重は最大で50kg軽量化した」。そして11代目(2012年)は「カローラの原点に戻り、「大人4人が、安心・安全、快適に長距離を移動できるミニマムサイズのクルマ」をテーマに全てを見直し」たと説明されています。

高級化に向かった世代もあれば、原点に戻った世代もある。+αを差し替えながら、80点の床だけは動かさないというのが、この60年の進み方でした。

発表会に130万人 — そして、これは賭けでもあった

初代カローラは1966年10月、第13回東京モーターショーの前に発表されました。75年史によれば、1966年11月の5日・6日に全国各地で発表会が行われ、「若者から年配者まで幅広い層の来場者は130万人を数え」ました。

売れ方も記録されています。「カローラの販売台数(商用車を除く)は、1967年5月には1万台を超え、その後、1968年には16万7,000台、1969年に24万8,000台と順調な伸びを見せ、大衆車市場の首位を独占した。」そして節の結びはこうです。「カローラの出現は大衆車ブームを呼び起こし、自家用乗用車を自動車市場の中心に据えた。」

ただし、これを結果論として読むと大事なところを取り逃します。75年史は、豊田英二の言葉を著書から引いています。

カローラはモータリゼーションの波に乗ったという見方もあるが、私はカローラでモータリゼーションを起こそうと思い、実際に起こしたと思っている。トヨタはカローラのためにエンジン(上郷工場)と組立(高岡工場)の二つの工場を建設した。うまくいったからこそ、いまごろのん気なことを言っていられるが、もし、モータリゼーションが起きていなければ、今ごろトヨタは過剰設備に悩まされていただろう。

出典: 豊田英二著『決断―私の履歴書』197ページ(トヨタ自動車75年史が引用)。

工場を2つ建てて待ち構えた、という話です。80点主義は無難な安全策のように聞こえますが、会社の側は無難とは正反対の張り方をしていました。全項目で合格点を取ることに、工場2つ分を賭けたことになります。

半世紀後も同じことをしている — 2019年の日本専用ボディ

この考え方が今も残っているかを確かめられる材料があります。2019年9月17日に発売された現行世代のカローラです。

この世代は、トヨタが全社的に進めてきた共通設計の考え方(TNGAとプラットフォームの物語で扱いました)に基づくグローバル共通プラットフォームを使いながら、日本向けには別のボディを起こしました。リリースの説明はこうです。「グローバルモデルとデザインコンセプトは統一しつつ、日本のお客様、道路環境での使い勝手の良さを実現するため、日本専用ボディを開発」。

数字は同じリリースの比較表に出ています。

項目新型カローラ従来型との差海外モデルとの差
全長4,495mm+95mm-135mm
全幅1,745mm+50mm-35mm
全高1,435mm-25mm0mm
ホイールベース2,640mm+40mm-60mm

出典: トヨタ自動車ニュースリリース「TOYOTA、カローラ、カローラ ツーリングをフルモデルチェンジ、同時にカローラ スポーツを一部改良」(2019年9月17日)のサイズ比較表。カローラ ツーリング(ワゴン)は全長4,495mm(従来型比+85mm/海外モデル比-155mm)、全幅1,745mm(+50mm/-45mm)、全高1,460mm(-50mm/0mm)、ホイールベース2,640mm(+40mm/-60mm)です。

読み方には注意が要ります。海外モデルより小さいのであって、従来型より小さいわけではありません。全長は従来型より95mm長く、全幅は50mm広く、ホイールベースも40mm伸びています。それでもリリースが「取り回しの易さに配慮した専用設計」という見出しを掲げられるのは、寸法そのものではなく、寸法が効く場面の数字を従来型と同じに保ったからです。

  • 「ドアミラーの取り付け位置を工夫することで、ミラー格納時の車幅は従来型と同等を実現」
  • 「カローラの、最小回転半径は、従来型と同等の5.0mを実現」(G-Xグレード 15インチタイヤ装着車。16インチ・17インチタイヤ装着時は5.3m)
  • 「ドアの開口角度を工夫するなど、ドア開け幅は従来型と同等を確保」

狭い駐車場でミラーをたたんだときの幅、車庫入れでの切り返し、隣のクルマとの距離。日本で使うときに落第点が出やすい項目を名指しして、そこだけ従来型と同じにそろえたという設計です。全体としては大きくなったのに、使う人が困る場面の数字は動かさない。1966年に「あらゆる面で80点以上」と言ったのと、やっていることは同じ形をしています。

60周年、公式のキーワードに残っている「プラスアルファ」

2026年5月12日のニュースリリースで、トヨタは「本年10月20日に迎えるカローラシリーズの誕生60周年」に触れ、記念仕様の特別仕様車を発売したと発表しました。同じリリースには、次の一文があります。

カローラは、1966年の誕生以来、「良品廉価」「変化」「プラスアルファ」という3つのキーワードを軸として、時代や社会環境の変化に合わせて常に進化を続け、お客様のご要望に応え続けてきました。これまでに世界150以上の国と地域で販売され、グローバル累計販売台数は5,700万台を超え、国境や世代を超えて多くのお客様の生活に寄り添うクルマとして世界中でご愛顧いただいています。

グローバル累計販売台数の5,700万台超は、同リリースの注記によれば2026年3月時点の数字で、トヨタ教習車を除きます。

60年たっても、公式の説明に「プラスアルファ」が残っています。規模のほうも見ておくと、トヨタがカローラ50周年に公開した「数字で見るカローラ」は、2016年9月までのグローバル累計販売台数を約4,410万台とし、「創業以来、約80年の間にトヨタが販売したクルマは累計2億3,000万台以上。そのうちの4,410万台、つまり約5台に1台がカローラです。」と書いていました。2015年の年間販売台数約134万台については、販売店の稼働日を229日と仮定した計算で「約15秒に1台のペースでカローラが販売されている」と説明しています。その後、2021年11月にはグローバル累計5,000万台の記念仕様が発売されました。

生産の側も1か所ではありません。2026年5月のリリースによれば、カローラは「北米、ヨーロッパ、アジアなど世界11の国と地域、12の海外事業体、および元町、堤、岩手の国内3工場」で作られています。どの国のどの道でも落第点を出さないという要求を、60年ぶん積み重ねた結果がこの広がりだと考えると、80点主義という言葉の重さが変わってきます。

ここまでの設計思想は、カタログの数字よりも運転したときの体感に出ます。自分の生活圏でどんなクルマが借りられるかを見てみたい方向けに、入会金・月会費が0円のカーシェア「EARTHCAR」があります(6時間1,000円〜、10kmまでは距離料金なし。金額は目安で、車種や時期によって変わります)。

EARTHCAR(カーシェア)を見る

まとめ

  • 「80点主義」の原文は、初代カローラの主査・長谷川龍雄の発言としてトヨタ自動車75年史に残っている。要点は「大衆車ユーザーからの評価が50点では、大衆車として失格です。大衆車は、あらゆる面で80点以上の合格点でなくてはなりません。」で、80点は上限ではなく下限だった
  • この考え方には前段がある。1961年6月に38万9,000円で発売されたパブリカは、月間2,000台を突破し1963年12月には3,000台を超えたが、75年史の総括は「専用の量産工場に応えるほどには販売が伸びなかった」。安さという項目では合格していた
  • 初代カローラは、K型1,077ccの「プラス100ccの余裕」、ストラット式フロントサスペンション、全車4段ミッション、フロア・シフト、足まわり完全無給油などのメンテナンス・フリー、そしてレジデント・エンジニア制度を初採用した。項目を選んで潰していった形になっている
  • トヨタはこの考え方を「80点主義+α」と呼び、「実はトータルバランスに優れ、さらに90点以上の突出した性能も持ち合わせていることを目指した言葉である」と説明している。+αが何になるかは世代ごとに違う
  • 1966年11月5日・6日の発表会には130万人が来場。販売台数(商用車を除く)は1968年16万7,000台、1969年24万8,000台。豊田英二は、カローラのために工場を2つ建てたと述べており、安全策どころか賭けだった
  • 2019年9月17日発売の現行世代は、グローバルモデルより全長135mm・全幅35mm・ホイールベース60mm小さい日本専用ボディを起こした。従来型よりは大きくなっているが、ミラー格納時の車幅・最小回転半径5.0m・ドア開け幅は従来型と同等にそろえている
  • トヨタの記載では、カローラシリーズは2026年10月20日に誕生60周年。公式の3つのキーワードは「良品廉価」「変化」「プラスアルファ」で、グローバル累計販売台数は5,700万台を超える(2026年3月時点、トヨタ教習車を除く)

同じ「変えない」でも中身は会社ごとに違います。55年で4つの構造だけを守ったスズキの選択はジムニーの物語に、規格という外枠の中で各社が何を優先してきたかは軽規格75年の物語スーパーハイト軽の物語にあります。現在のカローラの主力であるハイブリッドの仕組みも、燃費・静粛性・動力性能を同時に上げるという意味では同じ発想の延長にあります。中古で選ぶときにどこを見るかは中古車選びのチェックポイント、実際に持ったときの費用は維持費の内訳ガイドで整理しました。

※本記事の年月日・数値・引用は、トヨタ自動車株式会社が公開している次の資料に基づく2026年8月時点の内容です。長谷川龍雄・豊田英二の発言および初代カローラ・パブリカの記述は「トヨタ自動車75年史」第2部第1章(第1節第3項「大衆乗用車パブリカと新型クラウンRS40型の生産、販売」、第3節第1項「カローラ」)、豊田英二の発言の原典は同史が示す豊田英二著『決断―私の履歴書』197ページです。「80点主義+α」の説明と歴代モデルの記述はカローラ50周年の特設ページ「歴代カローラの進化 ―それぞれの「80点主義+α」―」(2016年10月19日)、「1966年:初代カローラとその時代」(2016年11月1日)、「数字で見るカローラ」(2016年11月30日)によります。現行世代の寸法・装備はニュースリリース「TOYOTA、カローラ、カローラ ツーリングをフルモデルチェンジ、同時にカローラ スポーツを一部改良」(2019年9月17日)、60周年と累計販売台数は「カローラならびにカローラ ツーリングの特別仕様車 ACTIVE SPORTを、60周年記念仕様にアップデート」(2026年5月12日)によります。累計販売台数はトヨタ調べの公表値で、集計時点と対象車種の定義が資料ごとに異なります。寸法・最小回転半径はグレードやタイヤサイズによって異なり、現行車種の価格・仕様は変更されることがあるため、最新の内容はトヨタ自動車の公式サイトでご確認ください。

あわせて読みたいガイド

クルマを知る

ハイブリッド車はなぜ燃費がいい?トヨタ式と日産式、しくみの違いまで読み解く

ハイブリッド車の燃費が良い理由を、エンジンの「苦手」から解説。トヨタTHSの動力分割、日産e-POWERのシリーズ方式など、方式ごとの設計思想の違いを読み解きます。

2026-07-30 更新

クルマを知る

軽自動車の規格はなぜ全長3.4m・660ccなのか?「枠」が75年動き続けた物語

全長3.40m・全幅1.48m・排気量660cc — 軽自動車の規格はどう決まってきたのか。1949年の制定から現行規格までの改定の歴史と、64馬力自主規制の正体を解説します。

2026-07-31 更新

クルマを知る

なぜスバルは水平対向エンジンを積み続けるのか?60年続く「低重心」の設計思想

半世紀以上、量産乗用車で水平対向エンジンを作り続けてきたのはスバルとポルシェだけ。低重心・振動相殺という利点と、幅・コスト・整備性のトレードオフ、1966年スバル1000から60年続く設計思想を一次資料から読み解きます。

2026-07-29 更新

クルマを知る

なぜ日本車はCVTだらけで、欧州車は使わないのか?「変速をなくす」という設計思想

CVTとステップATは何が違うのか。プーリーとベルトの仕組み、オランダ生まれ日本育ちの歴史、トヨタ・ダイハツ・スバル三社三様の「ギヤの足し方」、あえて変速ショックを作る制御まで、変速機の設計思想を一次資料から読み解きます。

2026-07-30 更新

クルマを知る

なぜマツダはロータリーエンジンを諦めなかったのか?「悪魔の爪痕」から発電用復活までの60年

世界中が挑んで撤退したロータリーエンジンを、なぜマツダだけが量産し続けられたのか。平均25歳・47人の開発部隊、「悪魔の爪痕」の克服、コスモスポーツ、ルマン総合優勝、RX-8での生産終了、そしてMX-30 Rotary-EVでの「発電用」復活まで、60年の物語を一次資料から読み解きます。

2026-07-30 更新

クルマを知る

なぜトヨタは「土台」から作り直したのか?TNGAに見る「プラットフォーム」の設計思想

新型車の紹介に必ず出てくる「プラットフォーム」とは何か。部品の共通化はコスト削減の話に見えて、トヨタのTNGAは「浮いた開発力を走りとデザインに再投資する」構造改革でした。2012年の公表から第1号車・4代目プリウス、熱効率40%のエンジンまで、トヨタの一次資料から読み解きます。

2026-07-30 更新

最近公開した記事

クルマを知る

パジェロとダカールラリー — 12回勝った競技車と、24年97万km走った市販車

三菱自動車のパジェロは、ダカールラリーで通算12回の総合優勝を挙げています。ただし1983年の初出場で勝ったのは市販車無改造クラスでした。三菱が公開している資料を年代順に読むと、勝ち続けるほど競技車は市販車から遠ざかり、1997年には「ダカールラリーのレギュレーション変更に対応する」市販車まで作っています。一方で、7大会連続優勝の最後となった2007年の大会で約7,000kmを走り切ったのは、まだ発売前だったデリカD:5のサポートカーでした。同社の特集記事には、1台で24年97万kmを走ったパジェロも登場します。39年で生産を終えたパジェロという名前が何を残したのかを、三菱が公開している原文と数字だけで追いかけます。

2026-08-07 更新

クルマを知る

触媒なしで排ガス規制を越えたエンジン — ホンダCVCCとマスキー法の物語

1970年、米国で成立したマスキー法は、有害排出ガスを10分の1にせよという内容でした。GM・フォード・クライスラーを筆頭に世界中の自動車メーカーが「この規制内容を達成するのは不可能である」と主張したと、ホンダの社史は記しています。そのなかでホンダは、排気管に浄化装置を付けるのではなく、燃焼そのものを作り替える道を選びました。副燃焼室で薄い混合気を燃やすCVCCエンジンです。1972年12月、米国EPAの計測室で1975年規制の合格第1号になったこのエンジンは、しかし10年あまりで主役の座を降ります。次の主役は触媒でした。ホンダとトヨタ、両社の社史とEPAの公表資料から、この10年あまりを読み解きます。

2026-08-05 更新

クルマを知る

55年、変えなかったのは4つだけ — スズキ ジムニーが守った構造と手放したもの

ジムニーは1970年の初代から、エンジンを空冷から水冷に、2サイクルから4サイクルに、排気量を360ccから660ccに変え、車体も規格改定のたびに大きくしてきました。それでもスズキが繰り返し「継承」と書く構成が4つあります。ラダーフレーム、FRレイアウト、副変速機付パートタイム4WD、リジッドアクスル式サスペンション。2025年に登場した史上初の5ドア「ジムニー ノマド」でも、この4つは変わっていません。ただし公表値を並べると、5枚目のドアの代償がひとつだけ数字に出ています。スズキが公開している車種史とニュースリリースから、55年ぶんの「変えた」と「変えなかった」を読み解きます。

2026-08-06 更新

クルマを知る

なぜ三菱は「曲がる」を駆動力で作るのか?AYCからツインモーター4WDへ、四輪制御の物語

4WDは雪道やぬかるみで「進む」ための装備 — そう思っている人は多いはずです。三菱自動車は1996年、後輪の左右に駆動力の差をつけてクルマを曲げる「AYC」をランサーエボリューションIVに載せました。4本のタイヤを、進むためではなく曲がるために制御する発想です。そして前後をモーターで駆動するツインモーター4WDについて、同社は技術ページで「1980年代以来追及してきた理想前後駆動力配分」を実現したと書いています。この方式を初めて積んだのが2013年のアウトランダーPHEVでした。電動化は三菱にとって、4WDの置き換えというより答え合わせだったことになります。三菱自動車が公開している技術ページと社史から読み解きます。

2026-08-05 更新