冬の空調エネルギーの半分は、窓の曇りを取るために消えている — マツダが窓の内側に塗った膜と、試算で183kmから201kmへ

冬の朝、窓が白く曇る。ボタンを押してデフロスターを効かせれば、しばらくして視界が戻る。ここまでは誰もが知っている手順です。ではそのとき、何がどれだけ消費されているのかを考えたことはあるでしょうか。マツダが公開している「マツダ技報 No.41(2025)」の論文は、要約でこう書いています。
窓の曇りを避けるための換気により,冬場の空調に使用しているエネルギーのおよそ半分を損失している。
ここで注意したいのは、論文が快適さを捨てようとしているのではないことです。同じ要約の一つ前の文は「電動化に伴って熱源が不足するため,低エネルギーで快適な空調を実現することが課題である。」で、キーワードの先頭も Air conditioning/Comfort です。快適さは守ったまま、使うエネルギーを減らす。その相手として最初に名指しされたのが、窓の曇りでした。この記事が読むのは、この1本の論文「空調エネルギーの消費量を低減する防曇窓技術の開発」(マツダ技報 No.41、P68〜73)です。窓の内側に塗る膜の話なのに、結論に出てくる単位が「km」になっていく論文です。
先に結論
- 論文が曇りを取る理由の先に挙げるのは安全。そのうえで課題を「低エネルギーで快適な空調」と置く。いまのクルマは外の冷たい空気をヒーターで温めた乾いた風を窓に送って曇りを防いでおり、その換気で冬場の空調エネルギーのおよそ半分が失われている(論文が引用している既報の値)
- エンジン車はその熱を排熱から借りていた。電動車にはその副産物がないので、曇り止めが航続距離から引かれる
- 論文の試算(−10℃・90%RH・乗車2人・50km/h・30分ほか)では、暖房OFFの前提256kmが外気導入100%で173kmへ。現状の内外気制御で183km、吸水性の防曇窓で201km
- 実車では、膜を貼ったうえで内気循環率の設定がなお効いた(空調オート比で、手動切り替え約8% < 75%内気循環 約11%)
曇りを取るのに、なぜエネルギーが要るのか
そもそも、なぜ曇りを取らなければならないのか。論文が先に挙げる理由は、快適さでもエネルギーでもありません。
自動車の前面窓は,安全な運転を担保するために,どのような環境でも高い透明性を維持することが求められる。
まず安全のために取らなければならない曇りを、いかに少ないエネルギーで取るか。これがこの論文の立てている問いです。では、いまのクルマはそれをどう防いでいるのでしょうか。
これまでの自動車では,外気の冷たい空気をヒーターで加熱し,窓に乾いた温風を送ることで曇りを防いでいる。
つまり外の冷たい空気をわざわざ温めて、車内に入れている。乾いた空気でなければ曇りは取れないので、暖まった車内の空気を捨てて、冷たい外気を引き込み、また温める。この繰り返しにエネルギーが要ります。
エンジン車では、この熱の出どころがありました。論文はこう書きます。
内燃機関の車では,エンジンの排熱を利用した空調が可能であった。しかし,電動車は電気ヒーターによる空調が必要であり,電気エネルギーの消費増加により,航続距離を低下させている
(この一文にも論文は既報への参照をつけています。)エンジンは走るために燃料を燃やし、その副産物として熱を捨てていました。暖房はその捨てる熱を分けてもらっていたわけです。電動車にはその副産物がない。だから暖房も、曇りを取るための換気も、走るための電気から引かれます。曇り止めが航続距離の話になるのは、ここが理由です。
なお論文は、この課題への既存の答えも紹介しています。車両下部は内気循環で暖め、上部は外気導入で曇りを防ぐ「内外気 2 層 HVAC ユニット」です。そのうえで、その代償を自分で書いています。
内外気 2 層 HVAC ユニットは,低エネルギーで空調性と防曇性能を実現可能な技術だが,外気と内気が別々の流路を必要とし,部品数の増加や HVAC ユニットの大型化を引き起こし,小型車種への搭載が制限される可能性がある。
空調ユニットが大きくなると、小さいクルマには積めなくなる。これは推測ではなく、論文の「おわりに」の冒頭が「空間効率を損なうことなく,冬季の航続距離を向上することが可能な防曇窓について」と始まります。空間効率を損なわないことが、窓のほうを選んだ理由です。
防曇材料は3種類ある。選ばれなかった2つに理由が書いてある
論文は防曇材料を3種類に整理します。親水性・撥水性・吸水性です。
- 親水性=水滴を薄い水膜に広げて、光の散乱を防ぐ
- 撥水性=結露した水滴を自重で滑り落とす
- 吸水性=結露した水を材料の中に吸い込む
面白いのは、採らなかった2つについて論文が具体的な欠点を書いていることです。親水性の代表例である酸化チタンについては、こうあります。
酸化チタンが親水性を発現するには,紫外線照射が必要なため,日光が当たらない暗所では疎水性になり,防曇性能を示さない
暗いところでは効かない。冬の朝や夜の車内で曇るのに、日光が要るのでは順番が逆です。さらに論文は「親水性防曇材料上に形成される水膜は,氷点下で凍結するため,透明性が著しく損なわれ」るとも書きます。水の膜を作る方法は、凍る温度では膜ごと凍ります。
撥水性のほうは、作れるかどうかの問題でした。
超撥水性は,材料表面の微小な凹凸形状に起因する例が多く,製造が複雑であり,大面積化が困難という欠点がある。
クルマのフロントガラスは大面積です。残った吸水性について、論文は「吸水性防曇材料中に吸収された水は,材料-水間の強い水素結合によって凍結しにくい状態で存在する」と書き、氷点下でも効くことと大面積化の容易さを理由に挙げています。
吸水と傷、どちらかを取るとどちらかが落ちる
吸水性の代表例は、PVA(ポリビニルアルコール)などの親水性ポリマーを塗る方法です。ところがここに、この論文でいちばんはっきりしたトレードオフが出てきます。
一般的に防曇性能と耐傷付き性能はトレードオフの関係である。
論文が挙げている例はこうです。傷に強くするために親水性ポリマーへナノ粒子を加えると、ポリマー中の吸水サイトが減少するため防曇性能が低下する。そして実際、論文が比較対象として測った PVA は、開発した材料より吸水率が高いのです(論文はその理由を、PVA が架橋構造を形成しておらず吸水膨潤が容易に起こるためと考える、と書いています)。
| 項目 | 開発した防曇材料 | PVA |
|---|---|---|
| 吸水率 | 17wt% | 27wt% |
| 傷抵抗値 | 1.4 | 0.5 |
| (傷からの)回復率 | 93% | 41% |
出典: マツダ技報 No.41(2025)「空調エネルギーの消費量を低減する防曇窓技術の開発」Table 1。吸水率は基材上に形成しない自立膜を作って、30℃・大気圧下で20%RHから95%RHに変えたときの重量変化から算出した値です。傷の試験(ナノスクラッチ試験)はこれとは別に、ガラス基板上に約10μmの膜厚で作った膜で行われています。
吸水率だけを見れば PVA の勝ちです。それでも採用されないのは、こちらの一文があるからです。
PVA は柔らかい布で擦るだけで表面に微小な傷が付いてしまうため,実用的な耐久性が低い。
窓は拭かれる部品です。柔らかい布で擦るだけで傷がつく膜は、フロントガラスの内側には置けない。開発された材料は、有機成分(アクリレート)で吸水性を、無機成分(シリコーン樹脂)で耐傷付き性を担う「有機無機ハイブリッド」という考え方で、吸水率17wt%(目標はベンチマークなどから置かれた12wt%以上)を確保しつつ、傷抵抗値で PVA の約3倍、傷からの回復率で93%対41%という結果を出しています。論文はこの回復性を、シリコーン樹脂骨格の柔軟性によるものと考える、と書いています。
256km、173km、183km、201km
ここから単位が km になります。論文は結露量と空調エネルギーを計算するモデルを作り、EV の航続距離を3条件で試算しました。
| 条件 | 航続距離 |
|---|---|
| 暖房OFF(前提として置いた値) | 256km |
| ① 外気導入率100%で走る | 173km |
| ② 温湿度センシングによる内外気制御(現状の車種) | 183km |
| ③ 防曇窓を搭載 | 201km |
出典: 同論文「5. 効果試算結果」および Fig. 6。試算の条件は、外気温湿度−10℃・90%RH、乗車人数2人、車速50km/h定常、走行時間30分、ブロア段数MAX、駆動用バッテリ総電力量35.5kWh、モード走行での交流電力量消費率145Wh/km、COP約1.2です。暖房OFFの256kmは、論文が「暖房 OFF 時の航続距離が 256km とすると」と置いた前提値です。条件が変われば数字も変わります。
読み方はこうです。暖房を入れた瞬間に256kmが173kmになる。論文が「現状車種では」と書く温湿度センシングでの内外気制御が、そこから183kmまで戻す。防曇窓を足すと201kmまで戻る。
論文自身は、この結果を「この結果から,冬場の航続距離は内気外気混合割合に大きく影響していることが分かり,防曇窓搭載によって航続距離の大幅な向上が期待できる。」とまとめています。当サイトの読み方を足すなら、暖房で失われる83kmのうち、現状の内外気制御が戻しているのが10km、防曇窓がそこにさらに積むのが18kmです。窓に膜を塗るという、走行にも駆動にも関係のない変更が、航続距離の目盛りで測られている。この論文の面白さはそこにあります。
効果は地域で約1.5倍変わる
ただし、この数字はひとつの気象条件での試算です。論文は世界各地域の気象データを集め、条件の出現頻度で重みづけして、年間平均での航続距離向上率を出しました。オスロ6.1%に対し、北京4.2%。約1.5倍の差です。なおこの向上率は、②温湿度センシングの航続距離を基準として、そこから③防曇窓搭載までの向上量の割合として計算されています(上の表でいえば183kmから201kmへの約9.8%と同じ土俵の数字です)。
この試算をした理由を、論文は正直に書いています。
これまで,寒冷地域ほど効果が高いと定性的に予測していたが,定量的な議論はできていなかった。
寒いほど効くだろう、は誰でも言えます。それを地域ごとの数字にして初めて、導入のコスト対効果を議論できるようになった、というのが論文の主張です。なお論文は、頻度が1%以上(最低3日間/年以上)で効果が高い気象条件だけを抽出し、ピックアップした寒冷地域について試算した場合は、どの地域でも約12%の向上を確認できたとしています。ここでの「どの地域」は、その寒冷地域のなかという意味です。この2都市の例で年間平均4.2〜6.1%、条件を抽出した寒冷地域で約12%という2つの数字は、測っているものが違うので混ぜないでおきます(論文が本文に数値として挙げている都市は、このオスロと北京の2つです)。
実車では、膜を貼ったうえで「内気循環率の設定」がなお効いた
論文は実車でも検証しています。CX-60 PHEV のフロントガラス内側に、開発した防曇材料のフィルムを貼り、EVモードで約40分(外気温湿度0℃・60%RH、乗車2人、50km/h定常)走って電力使用量を測りました。比べたのは3つの走り方です。
- ① 空調オートモード(試算の②=温湿度センシングによる内外気制御に相当)
- ② フィルムが曇り始めるまで100%内気循環 ⇔ 5分間100%外気導入の手動切り替え(試算の③=防曇窓搭載に相当)
- ③ 75%内気循環(フィルムが試験中に曇らない条件)
結果は、①に対して②が約8%、①に対して③が約11%の航続距離向上でした。モデルの予測は約10%だったので、②は予測をやや下回っています。論文はその理由を、走行電力消費率や COP のモデルと実車の差異と考える、と書いています。
そして②が③に負けた理由については、こう説明しています。②では走行開始後に急激に湿度が上がり、防曇材料が短時間で飽和吸水量に達してしまう。すると100%外気導入を複数回作動させることになり、過剰な換気がエネルギーロスの要因になった可能性がある。③では車内の水蒸気量が急に上がらないので、飽和吸水量に達しなかった、と。
なお論文は、この実車検証全体を「結果,約 10%近くの航続距離の向上が可能であることを確認できた。」とまとめています。条件別の8%・11%は、その内訳にあたる数字だと読めます(この対応づけは当サイトの読みです)。
適切な内気循環率の設定が乾燥のための外気導入を最小限に抑え,高い効果を発揮することが実車検証により確認できた。
膜には限界があります。論文自身が「防曇材料は飽和吸水量を超えて吸水することができず,飽和吸水量以上の結露が発生すると,防曇材料表面に水滴が発生して,曇りが生じる。」と書いています。吸える量には上限があり、超えれば曇る。だから膜を貼ったうえで、どう空気を回すかがなお効く。窓の材料の論文が、最後に制御の話で終わるのはそのためです。
まとめ
- 論文が曇りを取る理由の先に挙げるのは安全(前面窓はどのような環境でも高い透明性を維持することが求められる)。そのうえで課題を「低エネルギーで快適な空調」と置く。窓の曇りを避けるための換気で、冬場の空調エネルギーのおよそ半分が失われている(論文が引用している既報の値)
- エンジン車はその熱を排熱から借りていた。電動車にはその副産物がないので、曇り止めが航続距離から引かれる
- 防曇材料は3種類。親水性は暗所で効かず水膜が凍り、撥水性は大面積化が難しい。残った吸水性が選ばれた
- 吸水性能と耐傷付き性は一般にトレードオフ。PVA は吸水率で上回る(27wt%対17wt%)のに、柔らかい布で擦るだけで傷がつく。開発材は傷抵抗値で約3倍、回復率93%対41%
- 試算(−10℃・90%RH・2人・50km/h・30分ほか)では、暖房OFFの前提256kmが外気導入100%で173kmへ。現状の内外気制御で183km、防曇窓で201km
- 効果は地域差が大きく、年間平均でオスロ6.1%・北京4.2%の約1.5倍差(②温湿度センシングを基準にした向上率)。条件が合った日だけを抽出した場合は、ピックアップされた寒冷地域ではどこでも約12%
- 実車(CX-60 PHEV)では、①空調オートに対し②手動切り替えが約8%、③75%内気循環が約11%。膜を貼ったうえで、内気循環率の設定がなお効いた
この記事が扱っていないこと
この記事は、マツダ技報 No.41(2025)の論文「空調エネルギーの消費量を低減する防曇窓技術の開発」1本だけを読んでいます。他社の防曇技術や、市販の曇り止め用品との比較はしていません。論文が比較しているのは、開発した材料と PVA(汎用の親水性ポリマー)です。
また、この防曇窓が市販車に搭載されるかどうか、搭載時期、価格については論文に記載がありません。実車検証もフロントガラス内側にフィルムを貼って行われたもので、量産の窓ガラスに同じ膜が付くという意味ではありません。航続距離の数字はすべて上に書いた条件での試算値と実測値で、別の気温・湿度・人数・速度では変わります。また試算に使われたモデルには仮定が含まれます(外気導入時は車内への投入エネルギーの一部が後方から排出されるが、内気循環中はその一部が回収されると仮定し、投入エネルギーからその分を差し引いて空調エネルギーとして評価しています)。モデルの中身そのものには、この記事は踏み込んでいません。実際の車種の航続距離や空調の仕様は、各メーカーの公式情報でご確認ください。
冬の窓まわりでは、外側が凍る問題も別にあります。JAFが一晩かけて比べた、窓の凍結対策もあわせてどうぞ。クルマの動かし方そのものを組み替えた例としては、エンジンがタイヤを回さないe-POWERもあります。
出典: マツダ「マツダ技報 No.41(2025)」前田哲爾・桂大詞・増岡宏明・落合洸矢・杉本哲也「空調エネルギーの消費量を低減する防曇窓技術の開発」P68〜73(2026年9月21日に参照)。引用はすべて同論文の原文どおりです。試算値の差を、暖房で失われた分・現状の制御で戻せている分・防曇窓が戻す分、の3つに分けた読み方と、年間平均の向上率と条件抽出時の向上率を分けて示す整理は当サイトによるものです。









