ハリアーの土台はカムリだった — トヨタの社史で読む初代ハリアーの成り立ち

乗用車と同じ構造の車体に、少し高い着座位置と四輪駆動を組み合わせる。いまよく見かけるSUVの作り方です。当サイトではRAV4とCR-Vの回で、その作り方が1990年代半ばに広がっていったことを両社の資料から見ました。あれは、悪路のための道具を降ろした話でした。
そこに、逆向きのものを積んだクルマがあります。1997年12月に発売された初代「ハリアー」です。土台に使われたのは専用設計の高級車ではなく、そのころ売られていたカムリでした。
先に断っておきます。この記事が読むのは、トヨタが2012年に公開した「トヨタ自動車75年史」の記述です。発売から15年ほど経ってからまとめられた自社の記録であって、1997年当時の発表資料ではありません。当時こう考えていた、と読むのではなく、この会社が自社の歴史をどう書いたかとして読んでください。
先に結論です
- 土台は1996年12月16日に発売された6代目カムリ。そしてそのカムリ自身が、社史の言葉では「北米市場で販売する「カムリ」を国内向けに仕立てたモデル」だった
- ただしそのカムリの骨格は、ただの量販セダンのものではなかった。社史はカムリ グラシアのプラットフォームを「前輪駆動の「ウィンダム」と共用し」と書き、別のページでそのウィンダムを「「レクサス ES300」の日本国内向けバージョン」と書いている
- 社史はハリアーを、「高級乗用車の基本性能と、SUVの機動性・機能性をあわせ持つクルマ」として開発したと書いている。同じクルマが北米ではレクサスブランドの「RX」としても発売された
- 高級にしたぶん悪路を捨てた、とは書かれていない。ロードクリアランス185mmを確保し、「都市型SUVとして充分な悪路走破性も備えた」と同じページにある
- 2009年1月に日本でもレクサス RXの販売が始まったあと、ハリアーは世代交代せず、2.4リッターとハイブリッドがトヨペット店で売られ続けた
1989年、レクサスは受け皿がないという背景から始まった
ハリアーの話は、その8年前から始めたほうが分かりやすくなります。社史の第3部第2章第3節第5項は、北米での高級車販売網「レクサス」の立ち上げをこう書いています。
1989(平成元)年9月、米国で高級車販売網「レクサス」の営業を開始した。同販売網の看板モデルである初代レクサスLS400は、1984(昭和59)年にフラッグシップのFを示す「マルFプロジェクト」の名称で開発に着手した。新チャネル設立の背景には北米現地生産の本格化により自主規制下での輸出枠に余裕が生じるという事情や、トヨタ車のお客様が上級車に移行する際に受け皿となる高級車がなく、メルセデスやBMWに乗り換えてしまうということがあった。
受け皿がないから乗り換えてしまう、という背景の書き方です。同じ項によれば、開発メンバーは米国に数か月滞在して調査し、満たすべき条件を5つに整理しました。
その結果、①ステータス感、プレステージ感をもつ、②高品質、③再販売時(中古車)の価値の目減りが少ない、④高度なパフォーマンス、⑤高い安全性の5項目を満たす必要があると確認した。
この5項目に対して用意されたのが、看板モデルの初代レクサスLS400でした。社史はその開発について「V8型4,000ccエンジンのプロトタイプを搭載した試作車のテストも始まった。」と書いています。なおこの項に、LS400の車体の形についての記載はありません。分かるのは、1989年に置かれた受け皿が大排気量のエンジンを積んだ1台の高級車だった、というところまでです。
1990年代、日本の関心は「高級」から動いていた
いっぽう国内では、逆向きの変化が起きていました。社史の第3部第3章第1節第2項は、バブル崩壊後の嗜好の変化をこう書いています。
バブル崩壊後、個人のお客様の自動車に対する嗜好にも大きな変化が生じ始めていた。バブル期は高級車・大型車が全盛であり、タイプ別でもセダンが乗用車市場の7割程度と圧倒していたが、1991年ごろから三菱自動車工業のパジェロを筆頭にRVが若年層を中心にブームとなり、富士重工業のワゴン車レガシィなど、セダン以外の車が急速に販売を伸ばし始めた。その背景にはバブル崩壊を機に、「高級」でなく「個性」や「機能」を重視するニーズの変化があった。1994年に本田技研工業が投入したオデッセイは、爆発的な人気を呼び、その後のミニバンブームをリードしていった。
登録車の市場そのものも縮んでいます。同じ項によれば1990年に598万台(軽自動車を含むと777万台)だった新車市場は、1991年に575万台、1993年には489万台まで減りました。
ここで2つの流れが並びます。北米では上級車の受け皿が要る。国内では関心がセダンから離れていく。この2つが1台のクルマの上で交わったのが1997年12月でした。なお、この2つを結びつけて読むのは本サイトの整理で、社史がハリアーの成り立ちをそう説明しているわけではありません。
1997年12月25日、ハリアーはカムリの骨格の上に立った
初代ハリアーの発売日は1997年12月25日。社史の車両詳細情報は、冒頭でこう説明しています。
1997年12月に発売した新型車。「カムリ」(1996年12月発売の6代目)をベースに、高級乗用車の基本性能と、SUVの機動性・機能性をあわせ持つクルマとして開発した。北米市場では「メルセデス ML」クラスや「BMW X5」などをライバルとする高級SUVとして、「レクサス ブランド」から「RX」としても発売。
ここで名前の出てくる6代目カムリを、社史の別のページで引くと、日本では「カムリ グラシア」として1996年12月16日に発売されたモデルにあたります。そしてその素性がまた面白い書かれ方をしています。
1996年12月、「セプター」の後継モデルとして発売したモデル。ボデーは4ドアセダンとステーションワゴンの2種類。北米市場で販売する「カムリ」を国内向けに仕立てたモデルで、日本国内で生産した。
つまり北米向けのセダンとワゴンを国内向けに仕立てたクルマが、さらにSUVに仕立て直され、そのSUVは北米ではレクサスの名前でも売られたことになります。搭載の仕方も乗用車のままで、社史は「「カムリ」をベースとするためエンジンは横置き搭載で、前輪(FF)または4輪(フルタイム4WD)を駆動。」と書いています。なお、この順序に並べて読むのは複数のページを突き合わせた本サイトの整理です。
そのカムリの骨格は、レクサスと共用だった
ところが、土台をもう一段さかのぼると話が変わります。カムリ グラシアのページには、こう書かれています。
衝突安全ボデーGOAの技術を取り入れたボデーは、全長4760/4775×全幅1785×全高1420/1470mm。プラットフォームは前輪駆動の「ウィンダム」と共用し、V型6気筒の2496cc・200PS(2MZ-FE型)と、直列4気筒の2163cc・140PS(5S-FE)を搭載。
そのウィンダムを、同じ社史の車両詳細情報で引くと、こうあります。
1996年8月に発売した2代目。初代と同様に「レクサス ES300」の日本国内向けバージョン。
2つのページを並べると、ハリアーの土台になったカムリの骨格は、そのときすでにレクサスの名前が付いたクルマを載せていたことになります。ウィンダム2代目のホイールベースは2670mmで、カムリ グラシアと同じ値です。
ここは注意して読む必要があります。社史のどのページにも、ハリアーの骨格がレクサスES300と共通だと直接書かれてはいません。ページごとに書かれているのは、ハリアーがカムリをベースにしたこと、そのカムリのプラットフォームがウィンダムと共用であること、そのウィンダムがレクサス ES300の日本国内向けバージョンであること——この3つで、それを線でつないだのは本サイトです。それでも、この3つが同じ社史のなかに置かれていることは、量販セダンの土台で高級SUVを作った、という言い方がそのままでは少し雑になることを示しています。北米でレクサス RXとして売れたことも、この並びのなかで見るとつながりが見えてきます。
数値を並べると、共有の中身が見えてくる
ハリアーとカムリ グラシアの諸元表の値を並べると、こうなります。
| 項目 | ハリアー(1997年12月25日発売) | カムリ グラシア(1996年12月16日発売) |
|---|---|---|
| 全長 | 4575mm | 4760mm |
| 全幅 | 1815mm | 1785mm |
| 全高 | 1665mm | 1420mm |
| ホイールベース | 2615mm | 2670mm |
| V型6気筒 | 1MZ-FE 2994cm3 220PS | 2MZ-FE 2496cm3 200PS |
| 直列4気筒 | 5S-FE 2163cm3 140PS | 5S-FE 2163cm3 140PS |
数値はいずれもトヨタ自動車75年史の車両詳細情報の諸元表によります。両ページとも「代表するグレードのスペックを表示しております。」「エンジン最高出力はネット値です。」と注記されています。なおカムリ グラシアの本文には、セダンとワゴンを含む幅として全長4760/4775mm・全高1420/1470mmという書き方もあります。
目を引くのは、ホイールベースが55mm短くなっていることです。全高の差は代表グレード同士で245mm、本文にあるもう一方の値(1470mm)と比べても195mm。高い着座位置はこの差のなかから出てきたことになりますが、土台をそのまま流用したのではないことも同時に読み取れます。社史はこの点を「機構的には「カムリ」のプラットフォームをベースに強化し」と書いています。
いっぽう直列4気筒は、型式(5S-FE)も出力(140PS)も両車で一致します。ただしこの一致を確認したのは本サイトが2ページを突き合わせた結果で、社史が同じエンジンだと書いているわけではありません。しかもこの一致は初代の途中までの話で、同じページには「(2000年11月に2.4リッター160PSの2AZ-FEと置換え)」とあります。
社史は、高級にしたぶん悪路を捨てたとは書いていない
乗用車をベースにした高級なSUVと聞くと、悪路の性能は数字ごと落としたのだろうと考えたくなります。ところが社史は、その直後にこう書いています。
機構的には「カムリ」のプラットフォームをベースに強化し、ロードクリアランス185mmを確保、都市型SUVとして充分な悪路走破性も備えた。クロスカントリー的性格の強いSUVとは趣の異なる乗用車としても使うことのできるスタイリッシュなボデーはルーミーで(広々で)、前席のサイドウォークスルーも可能。
ベースを「強化し」、地上高の数値を挙げ、走破性も備えたと書いたうえで、クロスカントリー的性格の強いSUVとは「趣の異なる」ものだと区別しています。できないほうへ寄せた説明ではなく、方向が違うという説明です。この書き分けは、当サイトがRAV4とCR-Vの回で見たトヨタの書き方とも重なります。あちらでもトヨタは、フレームと副変速機を持たないことを性能の不足としてではなく、種類の違いとして書いていました。
同じ段落には、前席のあいだを横に通り抜けられることも書かれています。乗用車の骨格を使ったから広い、というだけでなく、広さの使い道まで説明の対象になっているのが読み取れます。
同じ社史が、RAV4とハリアーに別の役割を与えている
面白いのは、乗用車の骨格で作られたSUVの呼び名について、社史が2つのページで別々の書き方をしていることです。RAV4のページでは、こう書かれています。
「RAV4」のヒットにより、「(ホンダ)CR‐V」や「(三菱)パジェロ イオ」、「(ランドローバー)フリーランダー」を投入されるなど、CUVのブームが巻き起こった。
いっぽうハリアーのページには、こうあります。
後に、「ハリアー」のようにクルマの成立ちが在来のSUVと異なる、モノコック構造の乗用車をベースにして生まれたSUV風車両は、クロスオーバーSUV(CSUV)や、さらに略してCUVと呼ばれるようになった。
矛盾ではありません。社史のなかでRAV4はブームの起点として、ハリアーは呼び名が指す形の代表例として書かれているという違いです。同じ作り方が、起点と代表例という別の役どころで2度出てくることになります。
なお、社史がハリアーの北米での位置づけとして挙げている「メルセデス ML」クラスや「BMW X5」という書き方は、2012年に公開された文章のものです。1997年12月の時点でそれらを狙って開発したという記述ではありませんし、当時の競合関係を示すものとしても読めません。あくまで後から振り返って、どのあたりの車格だったかを説明した一文として扱ってください。
2009年、世代の違う2台が同じ時期に売られた
ハリアーは2003年2月17日に2代目へ切り替わります。社史はそのコンセプトを、初代から続くものとしてこう書いています。
2003年2月に発売した2代目。「高級サルーンの基本性能を備えたSUV」というコンセプトをさらに進化させ、「ハンドリング性能と先進の安全性」を追求。
そして最後の一文が、このクルマの立ち位置をよく表しています。
2009年1月には、「ハリアー」の3代目に相当する「レクサス RX」を日本市場で販売開始したが、「ハリアー」は世代交代せずに、2.4リッターとハイブリッドを引き続きトヨペット店で販売した。
3代目に相当するクルマが日本に入ってきたのに、ハリアーの名前は畳まれなかったわけです。社史の書き方に沿えば、新しく入ってきたレクサス RXと、世代交代しないハリアーが同じ時期に売られたことになります。しかも残されたのは2.4リッターとハイブリッドで、初代のページによれば販売会社はトヨペット店(大阪地区は大阪トヨタ)とトヨタビスタ店でした。
まとめ
- 初代ハリアー(1997年12月25日発売)の土台は、1996年12月16日発売の6代目カムリ。社史はそのカムリ自身を「北米市場で販売する「カムリ」を国内向けに仕立てたモデル」と書いている
- そのカムリのプラットフォームは「前輪駆動の「ウィンダム」と共用し」とあり、社史の別ページはウィンダムを「「レクサス ES300」の日本国内向けバージョン」と書く。ただしハリアーの骨格がレクサスと共通だと直接書いた記述はなく、3つの記述をつないだのは本サイトの整理
- 諸元表を並べるとホイールベースは55mm短く、社史も「プラットフォームをベースに強化し」と書いている。そのまま流用したわけではない
- 高級化と引き換えに悪路を捨てた、とは書かれていない。ロードクリアランス185mmを確保し「都市型SUVとして充分な悪路走破性も備えた」とある
- 社史のなかでRAV4はブームの起点、ハリアーは呼び名が指す形の代表例として書かれている
- 2009年1月に日本でレクサス RXの販売が始まったあとも、ハリアーは世代交代せず2.4リッターとハイブリッドがトヨペット店で売られ続けた
ちなみに車名の由来は、初代のページの記載によれば「英語で「小さな鷹の一種“チュウヒ”属のタカ」の名称」です。生産は、同ページの生産工場欄によればトヨタ自動車九州(株)宮田工場。初代にはイタリアのSZデザイン社(旧ザガート)が手掛けたスポイラーやアロイホイールを装着した「ザガート ハリアー」という限定生産車もありました。
出典: トヨタ自動車75年史(2012年公開)の車両系統図・車両詳細情報の各ページ(ハリアー 1代目/ハリアー 2代目/カムリ グラシア/ウィンダム 2代目/RAV4 J)、同「第3部 第2章 第3節|第5項 「Yetの思想」と「源流対策」」、同「第3部 第3章 第1節|第2項 お客様嗜好の変化」(いずれも2026年8月23日に閲覧)。本記事が参照したのはトヨタが自社について書いた記録であり、発売当時の発表資料ではありません。諸元は各ページの諸元表の代表グレードの値で、最高出力はネット値です。複数ページの数値・記述の突き合わせ、および北米の事情と国内の嗜好の変化を並べて読む整理は、各ページの記載をもとに本サイトが行ったものです。









