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なぜ日産のエンジンはタイヤを回さないのか?EVから生まれたe-POWER、逆転の発想の物語

公開: 2026-07-29 / 更新: 2026-07-31

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ボンネットを開ければ1.2Lのガソリンエンジンがあり、給油口から入れるのはガソリン。それなのに、このエンジンはタイヤを一度も回したことがない — 2016年11月に登場した「ノート e-POWER」は、それまでのクルマの常識から見ると奇妙な構造をしていました。エンジンの仕事は発電だけ。タイヤを回すのは100%モーター。日産はなぜ、エンジンでタイヤを回すことをやめたのか。そして「充電しない、電気の走りのクルマ」は、なぜ48年ぶりの記録を打ち立てるヒットになったのか。日産自動車が公開している技術解説とニュースリリースから、この逆転の発想の物語を読み解きます。

まず構造 — エンジンは車載の「発電所」になった

e-POWERの構成は、日産の技術解説によれば、大出力モーター・インバーター・発電機からなる電動ユニットに、ガソリンエンジンと高電圧バッテリー。エンジンは発電機だけを回し、作った電気でモーターがタイヤを回します。エンジンとタイヤは物理的につながっていません。ハイブリッドの分類でいう「シリーズ方式」— エンジン→発電→モーターと直列(シリーズ)に力が流れることからの呼び名で、いわばエンジンを積んだ電気自動車です。

同じハイブリッドでも、トヨタのTHSはエンジンの力を遊星歯車で「タイヤ行き」と「発電行き」に分割し、エンジン自身もタイヤを回します。エンジンに一切タイヤを回させない設計は、量販コンパクトカーとしては思い切った割り切りでした(3方式の違いはハイブリッドの仕組みの記事で整理しています)。

出発点はEV — 「モーターで走るクルマ」を先に作っていた

なぜ日産に、この割り切りができたのか。答えはe-POWERの6年前にあります。2010年12月、日産は新開発の量産型EV「リーフ」を発売しました。航続距離200km(当時のJC08モード)、価格376万4,250円。リチウムイオンバッテリーと電気モーターで走る専用設計のEVを、量産車として世に出したのです。

日産自身、e-POWERを「EVから生まれた」電動パワートレインと呼び、技術解説には「これまでのEV開発で培ったモーター制御技術、パワートレインの一体化技術、エネルギーマネジメント技術を融合することで実現しました」とあります。つまり、順番が逆なのです。多くのメーカーが「エンジン車にモーターを足す」道筋でハイブリッドへ進んだのに対し、日産は「モーターで走るクルマ」を先に完成させ、そこへ電気の供給源としてエンジンを足した。エンジンがタイヤを回さないのは奇抜さの追求ではなく、EVを起点に考えれば自然な帰結でした。充電インフラと航続距離というEV普及の壁を「電気は自分で作る」ことでかわす — ガソリンを入れれば走り続けられる電気の走り、がe-POWERの提案です。

2016年11月2日 — 量販コンパクトカーで勝負に出た

e-POWERの初搭載車は、高級車でも少量生産の実験車でもなく、量販コンパクトカーのノートでした。2016年11月2日の発売時、価格はe-POWER Sで177万2,280円(当時・消費税込み)。モーターは走り出しの瞬間から最大トルク254N・mを発揮し、日産はこれを「2.0Lターボエンジンに匹敵するビッグトルク」(同社の2.0Lターボとの比較)と説明しています。1.2Lコンパクトカーの車体に2.0Lターボ級のトルク、そして当時のカタログ値で37.2km/L(e-POWER S)の燃費。

もう一つの目玉が、新感覚の走行モード「e-POWER Drive」でした。アクセルペダルの踏み戻しだけで加速から減速までを行える、いわゆるワンペダル感覚の運転(日産の注記では「アクセルペダルのみで加減速の調整が行なえる運転感覚」)。ブレーキペダルを踏む回数が減り、減速のエネルギーは回生発電でバッテリーへ戻ります。モーターがタイヤを握っているからこそ素直に作れる機能で、e-POWERの性格を象徴する装備になりました。

音の設計 — エンジンをいつ回すかが自由になった

エンジンとタイヤを切り離したことは、意外な自由をもたらしました。エンジンをいつ・何回転で回すかを、車速と無関係に決められるのです。日産の説明はこうです。通常の発進や住宅街では、エンジンを止めたままバッテリーの電力だけで静かに走る(ヒーター使用時などはエンジンが始動)。そしてロードノイズが高まってくる高速域でエンジンを始動して発電する — 路面の音が大きくなるときを選んでエンジンを回し、エンジン音を道路の音に隠すのです。しかも発電は最も効率の良い回転数で行うので、燃費にも効く。エンジンの回転がアクセルから切り離された結果、「音をいつ出すか」までが設計の対象になりました。

数字が動いた — 48年ぶり、そして統計史上初

市場の反応は劇的でした。日産の発表によれば、ノートは2017年の暦年・年度ともにコンパクトセグメント販売1位。2018年上半期には、1970年上半期の「サニー」以来48年ぶりに国内登録車販売の首位に立ちます。そして2018年暦年では13万6,324台を販売し、登録車(軽自動車・海外ブランドを除く)の年間販売ランキングで、日産車として統計史上初の第1位を獲得しました(自販連調べ)。当時の専務執行役員・星野朝子氏の言葉を借りれば「『ノート』が日産車として史上初、登録車年間No.1を」記録した瞬間です。

これを牽引したのがe-POWERだったことは、数字が示しています。発売から2018年12月までの約2年で、ノート e-POWERの国内販売は累計20万台。ノート購入者の約7割がe-POWER搭載車を選びました。2018年3月にe-POWERを追加したミニバンのセレナも同年のミニバンセグメント首位(9万9,865台)に立ち、セレナに搭載されたe-POWERは2019年次のRJCテクノロジーオブザイヤーを受賞しています。

正直な代償 — 変換ロスという構造の宿命

ただし、e-POWERは魔法ではありません。エンジンの力を一度電気に変え、モーターで再び回転に戻す以上、変換のロスが構造上必ず発生します。エンジンの回転をそのままタイヤへ届けた方が効率的な場面 — 代表は一定速度の高速巡航 — では、エンジンを直結できる方式に分がある。シリーズ方式の宿命です。

興味深いのは、日産がこの弱点への答えを「エンジンをタイヤにつなぎ直す」方向に求めなかったことです。選んだのは逆でした。発電専用という自由を、エンジンそのものを作り替えるために使う — 第2世代・第3世代の進化は、この一点に向かっていきます。

第2世代(2020年〜) — クルマに合わせてエンジンを選ぶ

2020年11月24日に発表された3代目ノート(同年12月23日発売)は、第2世代e-POWERの初搭載車でした。モーターは先代比でトルク10%・出力6%向上、インバーターは第1世代比で40%小型化・30%軽量化。そして静粛性の制御が一段と踏み込みます。路面状態からロードノイズが大きいと判断した場合に積極的に発電を行う制御システムを「世界で初めて開発」(日産)。技術解説によれば、路面の粗さの推定やナビ情報の活用により、静粛性をさらに高める制御を導入した — エンジンを回すタイミングの判断材料に、路面とナビまで動員したのです。第1世代で生まれた「音を道路に隠す」発想の、本格的な体系化です。

第2世代のもう一つの柱は展開力でした。エンジンはタイヤを回さないので、車種ごとの要求に合わせて「発電機の相方」を選べます。コンパクトカーには1.2Lエンジン。車重のあるミニバンにはe-POWER専用に設計された発電特化型エンジン。より高い性能が求められるSUVには、走行状況に応じて圧縮比を変える日産独自の可変圧縮比エンジン「VCターボ」(20年がかりで量産にこぎつけた世界初の機構の物語)を組み合わせ、1.5Lの排気量で大排気量エンジン並みのトルクを引き出す。2020年11月時点でe-POWER搭載車の累計販売は43万台に達していました。

第3世代(2025年〜) — 5つを1つに、エンジンは「定点」へ

第3世代e-POWERの主役は2つあります。ひとつは「5-in-1」。モーター・インバーター・発電機・減速機・増速機という5つの主要部品を、1つの電動ユニットに一体化したものです。コイル線を隙間なく配置できる平角線コイルと両面冷却のインバーターで高出力・高効率化しつつ、一体化で剛性を高めて振動と騒音を抑える。さらにEV用の「3-in-1」パワートレインと部品を共用し、EVとe-POWERを同じ技術基盤の上で進化させていく構えです。

もうひとつが「発電特化型エンジン」です。小型システム用のHR14DDeと、大型システム用のターボ付きZR15DDTe。ここに、タイヤと切れているからこそ狙える領域があります。エンジンの効率を上げるには、圧縮比を高め、排気ガスを吸気に混ぜるEGRの比率を高めるのが定石ですが、普通のエンジンは幅広い回転数で使われるため、そこまで攻めると燃焼が不安定になります。発電特化型エンジンは回転数を一定に保つ「定点運転」ができる。回る領域が決まっていれば、吸気ポートも燃焼室もピストンも、その一点に最適化して設計できるのです。2021年に日産が発表した燃焼コンセプト「STARC」は、筒内に強いタンブル流(空気の渦)を保って点火を安定させ、高圧縮比・高EGRでも確実に燃やす技術。吸気ポートにバルブシートを直接吹き付けて一体化する「コールドスプレー」も投入されました(日産はこれを世界初のバルブシート構造と説明しています)。

第3世代の改善幅を、日産は欧州向けSUVキャシュカイとの比較で示しています。そして日本では、2026年7月16日発売の新型エルグランドに、ZR15DDTeと5-in-1の組み合わせが搭載されました。

熱効率50% — タイヤと切れたからこそ、エンジンを極められる

この物語の先に、日産は大きな数字を掲げています。熱効率50% — ガソリンの持つエネルギーの半分を動力として取り出すという意味です。日産の技術解説によれば、現在のエンジンの熱効率は最大約42%で、30%から40%へ高めるだけで約30年を要しました。それを50%へ。鍵はやはり「発電専用」です。運転領域を狭められるからこそ、STARCによる希薄燃焼(リーン燃焼)や廃熱回収までを一点に集中投下できる。日産はすでに正味熱効率42%を実現しており、将来のバッテリー技術の進化による定点運転化を前提に、50%を実現するとしています。

エンジンでタイヤを回すのをやめた会社が、エンジンの熱効率の最前線を走っている — e-POWERの物語は、この逆説に尽きます。エンジンは終わったのではなく、持ち場を変えたのです。同じ「発電に徹する」持ち場でロータリーエンジンを蘇らせたマツダの選択(ロータリーエンジン60年の物語)と並べると、電動化時代のエンジンの生き残り方が見えてきます。日産はさらに、EVとe-POWERの部品共用化を進める「X-in-1」で、2026年までにエンジン車同等のコストを目指すとしています。

e-POWER 10年の年表

出来事
2010年12月量産型EV「リーフ」発売。モーター制御・電池・エネルギー管理の技術蓄積の起点に
2016年11月ノートにe-POWER追加。エンジンは発電専用・100%モーター駆動、ワンペダル感覚の「e-POWER Drive」
2018年3月セレナにe-POWER追加。同年のミニバンセグメント首位に
2018年ノートが上半期に48年ぶりの国内登録車首位。暦年13万6,324台で日産車として統計史上初の登録車年間No.1(自販連調べ)
2020年11月3代目ノート発表(12月発売)。第2世代e-POWER初搭載、世界初のロードノイズ連動発電制御(日産)
2021年燃焼コンセプト「STARC」発表。熱効率50%への道筋を提示
2026年7月新型エルグランド発売。第3世代e-POWER(5-in-1+発電特化型ターボエンジンZR15DDTe)搭載

まとめ

  • e-POWERはエンジンを発電専用にし、タイヤを100%モーターで回すシリーズ方式のハイブリッド。EV「リーフ」で先行した日産が、EV開発で培った技術を土台に2016年のノートで実用化した
  • エンジンとタイヤを切り離したことで「いつ・何回転で回すか」が自由になり、エンジン音を道路の音に隠す静粛設計や、最も効率の良い回転数での発電が可能になった
  • ノートは2018年上半期に48年ぶりの登録車首位、暦年では日産車として統計史上初の年間No.1(自販連調べ)。購入者の約7割がe-POWERを選んだ
  • 変換ロスという構造的な弱点への日産の答えは「発電専用エンジンを極める」こと。定点運転を前提にSTARC燃焼やコールドスプレーを投入して正味熱効率42%を実現し、将来の50%を掲げる

ハイブリッド3方式の設計思想の違いはハイブリッドの仕組みの物語で、モーター駆動が変速機の存在意義まで変えつつある話はCVTとステップATの物語で読み解いています。プラットフォームと部品共用化で「共通化を原資に個性へ再投資する」トヨタの構図はTNGAの物語と読み比べると、日産のX-in-1の位置づけがよく分かります。なお、ハイブリッド車の日々の燃料代の実践面は燃料代の節約ガイドにまとめています。

※本記事の数値・年月日・引用は、日産自動車公式サイトの技術ライブラリー(第1〜第3世代e-POWER、熱効率50%技術解説)およびニュースリリース(2010年12月2日付、2016年11月2日付、2019年1月10日付、2020年11月24日付、2026年7月16日付)等の一次資料に基づく2026年7月時点の内容です。「世界初」「統計史上初」等の表現は日産の発表・注記(販売統計は自販連調べ)によります。燃費値・価格は発売当時のカタログ値・希望小売価格です。現行モデルの仕様・価格は変更されることがあるため、最新の情報は日産の公式サイトをご確認ください。

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