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展開範囲を400mm広げるだけ、ではなかった — スバルが自転車の頭の高さに合わせた、車の外で膨らむエアバッグ

公開: 2026-08-31 / 更新: 2026-08-31

クルマを知るのイメージイラスト

エアバッグは、車の中で膨らむもの——そう思っている人が多いはずです。ハンドルの中、助手席の前、シートの脇。どれも乗っている人を守るための装置です。

ところが、フロントガラスの下から車の外に向かって膨らむエアバッグがあります。ボンネットとフロントガラスの境目あたりから飛び出して、フロントガラスの下端と左右の柱を布で覆う。守る相手は、車に乗っている人ではなく、ぶつけられた側の人です。

スバルは2025年4月17日に発表した第6世代の新型フォレスター(日本仕様車)で、この車外エアバッグの覆う範囲を400mm広げました。理由は広いほうが安心だから、ではありません。自転車に乗っている人の頭は、歩いている人の頭より高い位置にあるからです。

この記事は、スバルが公開している4つの資料——同社の社員インタビュー「SUBARUびと」の回「世界初!「サイクリスト対応歩行者保護エアバッグ」開発の舞台裏」(2026年5月28日公開)と、3つのニュースリリース(2025年4月17日の新型フォレスター発表、2025年11月12日の受賞発表、2026年5月28日のJNCAP評価の受賞発表)——を読み比べて、400mmという数字の意味と、伸ばしたことで何が難しくなったのかを追うものです。

先に結論です

  • 400mmは余裕をとった数字ではなく、より高い位置を覆うために後ろへ伸ばした距離 — 開発をとりまとめた担当者は「自転車に乗っている場合、歩行者よりも頭部の位置が高くなります。」と説明しています。狙っているのは、頭が当たりやすい硬い柱(Aピラー)の、より高い位置です(400mmは頭の高さの差ではなく、車両の前後方向に展開範囲を広げた量です)
  • 伸ばすと、袋が揺れる — 「エアバッグの長さを伸ばすと、エアバッグ展開直後に大きく揺れやすくなり、位置を安定させるのが難しくなります。」。形状とガスの流し方の調整で抑えたと説明されています
  • 伸ばすと、収まらなくなる — 大きくなった袋を限られたスペースに畳んで入れる必要があり、「折り方ひとつで動きが大きく変わります。」。安定した展開と収納が両立する畳み方を探す作業がありました
  • 真夏と寒冷地で、同じ部品が逆の向きに変わる — 袋の出口側にある樹脂部品について「低温では割れやすく、高温では伸びやすくなります。」。しかも高温では「エアバッグを膨らませるガスが膨張し、展開する力が強くなります。」
  • 提案されたのは、設計図が完成する直前だった — 必要な試験を「通常の3分の1」の期間で通す必要があり、エアバッグの設計担当者は「今から!? 絶対に無理だ!」と思ったと振り返っています
  • スバルはこれを「世界初採用」と発表しています(同社の発表による表現・日本仕様車)。しかも受賞を伝えるリリースの注記は「全グレードに標準装備。」で、グレードによる有無はありません。土台になった歩行者保護エアバッグは2016年10月のインプレッサ(日本仕様車)から積み上がっており、搭載車の累計販売台数は65万台を超えると公表されています(2025年9月末日までの日本における販売実績)

歩いている人の頭に合わせた設計では、届かない場所があった

まず、この装置がもともと何だったのかを押さえます。歩行者保護エアバッグは、車が人にぶつかったとき、人の体がボンネットの上に乗り上げ、続いて頭がフロントガラスやその周りに当たることを想定した装置です。ガラス自体は割れて衝撃を逃がしますが、その左右にある柱は違います。

スバルの資料は、この柱を注釈でこう説明しています。

自動車のフロントガラス左右にある柱(フロントピラー)のこと。ルーフ(屋根)を支え、事故時に乗員を守る高い強度が求められる。

乗っている人を守るために硬くしてある柱が、外から当たる人にとっては硬い障害物になる。この裏返しが、車外エアバッグが存在する理由です。

そのうえで、自転車が入ってくると条件が変わります。開発のとりまとめを担当した社員の説明です。

自転車に乗っている場合、歩行者よりも頭部の位置が高くなります。そのため、交通事故の際、硬いAピラー※3に頭部が衝突し、致命傷につながりやすいことが統計からわかっていました。

(引用中の「※3」は原文の注釈記号で、上に引いたAピラーの説明を指しています。)歩いている人の頭を受け止める設計のままでは、自転車に乗った人の頭が当たる高さには届かない——これが出発点でした。

400mmという数字を、スバルは資料ごとに違う言い方で書いている

面白いのは、同じ変更点を、スバル自身が資料ごとに別の切り口で書いていることです。

社員インタビューでは、装置の側から書かれます。

従来の「歩行者保護エアバッグ」の展開範囲を車両後方へ400ミリメートル拡大し、よりAピラーの高い位置まで覆えるようにしたのが、今回フォレスターに採用した「サイクリスト対応歩行者保護エアバッグ」です。

受賞を伝えるニュースリリースでは、効果の側から書かれます。

現行フォレスターでは、エアバッグの展開範囲を従来比400mm拡大することで、サイクリストの頭部衝突エリアをカバーし、事故時の致命傷リスクを大幅に軽減する設計となっています。

そして新型フォレスターの発表リリースでは、数字を出さずに位置だけで書かれます。

エアバッグ展開領域をAピラー後方まで拡大し、万が一の衝突時に、歩行者と頭部接触位置が異なるサイクリストも守る歩行者保護エアバッグを世界初採用しました。

3つを重ねると、「車両後方へ400ミリメートル」=「Aピラー後方まで」=「サイクリストの頭部衝突エリア」という対応が見えてきます。数字が先にあったのではなく、覆いたい場所が先にあって、その距離が400mmだったという順序です。

伸ばすと、袋は揺れるし、収まらなくなる

ここからがこの記事の本題です。布の袋を40cm長くするだけ——そう聞こえる変更が、実際には何を連れてきたのか。

エアバッグの設計を担当した社員は、課題を2つ挙げています。

通常の3分の1という短期間で、エアバッグの品質を確保すること、そして従来に比べ大きくなったエアバッグを限られたスペースに収めることが大きな課題でした。

そして、伸ばしたことで何が起きるかは、開発をとりまとめた担当者が説明しています。取引先に毎週通っていた立場からの一言です。

エアバッグの長さを伸ばすと、エアバッグ展開直後に大きく揺れやすくなり、位置を安定させるのが難しくなります。

エアバッグは、膨らめば終わりではありません。人の頭が当たるその瞬間に、想定した位置にいなければ意味がない。長くなるほど先端は振られやすくなり、位置が定まりにくくなる。対処として「形状やガスの流し方を少しずつ調整して、揺れが出ないようにチューニングしていきました。」と続けています。

もうひとつが収納です。畳み方については、エアバッグの設計担当者がこう述べています。

折り方ひとつで動きが大きく変わります。

そのうえで「試行錯誤の末、安定した展開と限られたスペースへの収納が両立できる折りたたみ方を見つけたときは、ほっとしました。」と続きます。畳み方は収納の都合であると同時に、開き方そのものだということです。大きくすれば性能が上がる、という単純な話ではありませんでした。

真夏と寒冷地で、同じ部品が逆の向きに変わる

この装置には、車内のエアバッグにはない条件があります。外に置かれていることです。

袋はフロントガラスの下端とボンネットの間、ワイパーの付け根を覆う部品(カウルパネル)のあたりに置かれます。開発をとりまとめた担当者の説明です。

エアバッグは外部環境にさらされるところに格納されていて、カウルパネルの樹脂は低温では割れやすく、高温では伸びやすくなります。

同じ樹脂が、寒いと割れやすく、暑いと伸びやすい。この部品はエアバッグが出てくる側にあるので、どちらの温度でも狙いどおりに開いてもらう必要があります。しかも、暑いほうにはもう一つ条件が重なります(次の一言はエアバッグの設計担当者のものです)。

特に暑いとエアバッグを膨らませるガスが膨張し、展開する力が強くなります。

暑い日は、樹脂が伸びやすくなっている一方で、押しのける力のほうも強くなる。だから「周辺部品にダメージがないか、エアバッグ自体が破れないかという点にも注意しました。」という確認が要る。資料は、この確認の範囲を「真夏から寒冷地まで、あらゆる条件で安全に展開することをしっかり確認しました。」と書いています。

もうひとつ、外にあるがゆえの試験も紹介されています。車両側の設計担当者は、設計図の完成後に初めて展開試験に立ち会った理由をこう説明しています。

設計を担当したカウルパネルなどの樹脂部品が、エアバッグ展開時に飛び散らないかを確認するため試験に立ち会いました。

理由は「万が一飛び散ってしまうと、事故の際に二次被害を起こす可能性があるからです。」。人を守るために膨らむ装置が、その勢いで別の危険をつくらないことまで含めて、外側のエアバッグの設計です。

提案されたのは、設計図が完成する直前だった

この記事でいちばん人間くさいのが、採用が決まった経緯です。開発のとりまとめ担当者は、提案したタイミングを「設計図完成まで残りわずかのタイミング」だったと振り返り、「簡単に受け入れてもらえる状況ではありませんでした」と話しています。必要な試験を通常の3分の1の期間で通す必要があったからです。

そこで取った手段が、これでした。

難色を示す関係者一人ひとりのもとへ説明に回るところからスタートしました。

受け取った側の反応も、同じ記事に載っています。エアバッグの設計担当者は、当時の心境を笑い話として振り返っています。

今から!? 絶対に無理だ!

それでも採用は決まり、袋を作る取引先とは「私は毎週お取引先様のもとへ通い、一緒に開発を進めました。」という進め方になりました。資料が書いているのは、期間を短くするために何をしたかまでです。エアバッグの設計担当者は「これにはエアバッグを製造していただくお取引先様の協力が不可欠で、社内の関連部署と調整し、エアバッグの品質確認の試験日程を見直すなどして開発時間を確保しながら、二人三脚で進めていきました」と説明しています。削ったのは日程の組み方で、確認そのものをやめたとは書かれていません(何を確認しなかったのか/しなかった項目があるのかは、資料からは分かりません)。

そもそも提案は思いつきではありませんでした。同じ資料は「サイクリスト対応歩行者保護エアバッグの技術的な目途がつき「フォレスターに採用したい」と社内に提案したとき」と書いており、技術の見通しが立ったうえで、量産の日程に割り込んだという順序です。

ではなぜそこまでして押し込んだのか。開発をとりまとめた担当者は、会社の目標を挙げています。

SUBARUは「安心と愉しさ」という提供価値のもと、「2030年死亡交通事故ゼロ」を目指して安全性能を進化させてきました。これは、乗車中の死亡事故だけでなく、SUBARU車との衝突による歩行者・サイクリストの死亡事故ゼロを目指すものです。

1年待てば、その1年ぶんの新車が旧仕様で世に出ます。目標の期限が決まっているとき、間に合わせる相手は競合ではなく自社の生産日程になる——この記事でいちばん腑に落ちたのはそこでした。

2016年からの積み重ねが土台にある

短い期間で新しい技術を採用した、という話だけを読むと、ゼロから一気に作ったように見えます。しかし同じ資料には、その前提が書かれています。

2016年に日本の自動車メーカーとして初めて歩行者保護エアバッグを採用したときから、サイクリスト向けエアバッグの構想があった一方で、ハードルの高い技術開発でもありました。

受賞を伝えるニュースリリースによれば、最初の採用は2016年10月のインプレッサ(日本仕様車)で、現在はレヴォーグ、レヴォーグ レイバック、WRX S4、フォレスター、クロストレック、インプレッサの日本仕様車に展開されています。搭載車両の累計販売台数について、同リリースは「歩行者保護エアバッグを搭載した車両の販売台数は、累計65万台」——注記をはさんで——「を超えています。」と書いています(台数は2025年9月末日までの日本における販売実績)。

つまり8年半にわたって量産を続けてきた装置の、覆う範囲を400mm広げたのが今回です(2016年10月の最初の採用から、2025年4月17日の新型フォレスター発表までを当サイトが数えたものです)。通常の3分の1で通せたのは、土台がすでにあったからだと読むほうが自然でしょう(ただし、資料自体がその因果を明示しているわけではありません)。

装備の付き方についても、資料は明確です。受賞を伝えるリリースの注記は「全グレードに標準装備。」、JNCAP評価の受賞を伝えるリリースは「サイクリスト対応歩行者保護エアバッグを世界初採用し、全モデルに標準装備」(注記は「日本仕様車のみ」)と書いています。グレードを選んで付ける装備ではないということです。

そして資料は、次の課題も書いています。エアバッグの設計担当者は「SUBARU車に乗っていただくお客様はもちろん、車外の人たちも守るためには、より多くの車種への採用が重要です。」としたうえで、「今後、国内はもちろん、世界へ広げていくためにも、コストを抑えつつより良い商品を目指して開発を続けたいと思っています。」と述べています。世界初でも、広がらなければ交通事故は減らない——という位置づけです。

この装置は「2025〜2026 日本自動車殿堂カーテクノロジーオブザイヤー」を受賞したと、スバルが2025年11月12日に発表しています。同賞はスバルの発表資料の注記によれば「2024 年 10 月 16 日から 2025 年 10 月 15 日までに発表・発売された国産乗用車のなかで最も優れた技術に与えられる賞。」です。また搭載車のフォレスターが自動車安全性能2025のファイブスター大賞を受賞したことは、同社が2026年5月28日に発表しています。

この記事が扱っていないこと

  • 他社の車外エアバッグとの比較はしていません。 「世界初採用」はスバルが自社の発表で用いている表現で、当サイトが他社製品を調べて確認したものではありません
  • 事故の削減効果を示す数値はありません。 参照した4つの資料に、この装置による事故統計上の効果を示す数字は出てきません(「致命傷リスクを大幅に軽減する設計」という設計上の意図として書かれています)
  • エアバッグそのものの寸法として公表されているのは、展開範囲の400mmだけです。 袋の容量・展開にかかる時間・展開後の位置は、参照した資料に見当たりませんでした。また本文の8年半という年数は当サイトが2016年10月から2025年4月17日までを数えたもので、スバルの資料にその年数の記載はありません
  • グレードごとの装備の違いには触れていません。 装備の有無や仕様は改良のたびに変わるため、購入を検討する場合は必ずスバルの公式サイトと販売店で最新の仕様をご確認ください

まとめ

この記事で見たのは、展開範囲を400mm広げるという一行の変更が連れてきたものでした。

  • 400mmは余裕ではなく、自転車に乗った人の頭が当たる高さまで覆うために、後ろへ伸ばした距離だった
  • 伸ばすと展開直後に揺れやすくなり、形状とガスの流し方の調整が要った
  • 大きくなった袋を限られた場所に収めるため、畳み方そのものが設計項目になった
  • 外に置かれるため、低温で割れやすく高温で伸びやすい樹脂と、高温で強くなる展開力の両方に対応する必要があった
  • それらを、通常の3分の1の期間で通した。土台には2016年10月から8年半ぶんの量産(累計65万台超)があり、目標には「2030年死亡交通事故ゼロ」が置かれていた

硬い柱は、乗っている人を守るために硬い。その硬さが外の人には危ない。この矛盾を車の外側で受け止めるという発想の延長線上に、今回の400mmがあります。車内のエアバッグが守るために膨らむ装置として定着するまでに何があったのかは、「ないものは自分でつくる」— ホンダ安全技術史。エアバッグに12年、歩行者ダミーも衝突実験施設も自前でつくったで扱っています。スバルが安全装備をどう積み上げてきたかはなぜスバルはカメラだけで止まろうとしたのか?アイサイト、人間の目に賭けたステレオカメラの物語を、スバルが誰の手でクルマを評価しているかはスバルに専任のテストドライバーがいない — 評価するのは設計するエンジニア自身をあわせてどうぞ。

出典: 株式会社SUBARU「世界初!「サイクリスト対応歩行者保護エアバッグ」開発の舞台裏」(SUBARUびと・2026年5月28日公開)、同「SUBARU 新型「フォレスター」を発表~サイクリストに対応した歩行者保護エアバッグを世界初採用~」(2025年4月17日)、同「SUBARU サイクリスト対応歩行者保護エアバッグ「2025〜2026 日本自動車殿堂カーテクノロジーオブザイヤー」を受賞」(2025年11月12日)、同「SUBARU 「フォレスター」 JNCAP『自動車安全性能2025 ファイブスター大賞』を受賞」(2026年5月28日)。いずれも2026年8月31日に閲覧。4つの資料の書き方を並べる整理は当サイトによるものです。

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