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前輪から柱までを100mm広げた — 3代目アテンザが、デザインのために動かした位置と、その先で手を入れた場所

公開: 2026-09-03 / 更新: 2026-09-03

クルマを知るのイメージイラスト

クルマのデザインがかっこいいと言われる形は、たいてい何かの寸法を動かした結果です。動かせば、その先のどこかに影響が出ます。ではメーカーは、その影響をどこまで分かったうえで動かしているのか。

マツダが2012年に出した技報に、そこがかなり素直に書かれた論文があります。3代目アテンザ(海外名 Mazda6)のパッケージングについて報告した論文で、動かした寸法を数字で書いた直後に、その動きがどこに影響するかを続けて書いているのです。

先に結論

  • 資料が掲げるデザインの特徴は2つ(キャビンを後方に置いたプロポーションと、タイヤを四隅に踏ん張らせたスタンス表現)。その実現のために動かした寸法は3つで、フロントピラー・リヤデッキ・タイヤの四隅配置と大径化にあたる
  • 数字で言えば、フロントホイールセンタからフロントピラーまでの前後距離を前モデルから約100mm拡大し、セダンのリヤデッキを約50mm後方へ移した
  • 資料はその一つひとつに、影響が出る場所を併記している。前者は「乗降性や視覚的な圧迫感」、後者は「縮小するトランクの前後開口寸法」
  • ホイールベースはセダンで105mm、ワゴンで25mm延長し、最大径タイヤは外径を26mm拡大した。ここで影響を受ける最小回転半径は、資料によれば前モデルと同等レベルに保たれている
  • 後ろへ動いたものばかりではない。前輪は前へ出ており、そのぶんタイヤハウスの室内への突出が小さくなって、アクセルペダルは外側へ10mm動かせた
  • 後席は狭くなるどころか、セダンで膝前スペースが39mm、足元の前後スペースが37mm拡大している
  • ここまでする理由を、同じ号の別の論文が書いている。狙いは万人の納得ではなく「一部の限られたお客様であっても強く熱狂的な共感」だった

デザインの特徴は2つ、そのために動かした寸法は3つ

3代目アテンザのデザインを担当した部署の論文は、造形の狙いをこう書いています。

またキャビンの前後位置を後方に移動させ,ボデーのウェッジ角度を強めて,後方に溜められた力をショルダからノーズへ向かって解き放つような,大地を強く蹴って前へ突き進む力感のある造形を行った

この狙いを寸法の言葉に置き換えたのがパッケージングの論文です。その第3章は、デザイン側の特徴を2つ挙げたうえで、こう続けます。

デザインテーマ「魂動」の具現を目指した新型アテンザのデザインは,フロントピラー及びリヤデッキ位置を後方に移動しキャビン全体を後方に置いたプロポーション(Fig.1)と,タイヤを四隅に踏ん張らせた揺るぎないスタンス表現を特徴としている。この実現に向けパッケージングでは以下に述べる対応を行った。

デザインが先にあり、パッケージングがそれを実現する——という順序が、この一文にそのまま出ています。以下に述べる対応は3つの節に分かれており、フロントピラー、リヤデッキ、そしてタイヤの四隅配置と大径化です。まず前側。

フロントホイールセンタからフロントピラーまでの前後距離を,前モデルから約100 ㎜拡大した。これにより短いフロントオーバハングと相まって,重心を後方に置いたプロポーションを強化している。

ここで言っているのは柱を100mm後ろへ動かしたではなく、前輪の中心と柱のあいだの距離を100mm広げたということです。後述するとおり前輪の側も動いているので、100mmすべてが柱の後退ぶんとは限りません。

次に後ろ側。セダンの話です。

セダンのリヤデッキは位置を,前モデルから約50 ㎜後方移動したショートデッキとして,後ろに溜めた力を一気に蹴りだす力強さを表現するプロポーションの実現に寄与した。

そして3つめ。ホイールベースはセダンで105mm、ワゴンで25mm延ばし、最大径タイヤは「225/45R18 から225/45R19 にサイズアップして外径を26 ㎜拡大」しました。資料はその狙いを、タイヤを四隅に踏ん張らせた「支えが効いた揺るぎないスタンス表現」と書いています。

セダンとワゴンで延長量が4倍以上違うのは、期待されているものが違うからだと同じ号の別の論文が書いています。

セダンは「車格と後席のスペース」,ワゴンは「取り廻しと荷室」への期待が高い。これらの期待を両立させるため,セダンとワゴンにそれぞれ専用のホイールベースを諸元として与えている。

影響が出る場所は、動かした直後に書いてある

この論文が読んでいて気持ちがいいのは、都合のいい効果だけを並べていないところです。フロントピラーの話は、効果と影響が1つの文に同居しています。

フロントピラーの後方移動は,左右ピラー間の見開き角度を拡大しドライバの視界を改善する効果があるが,乗降性や視覚的な圧迫感に影響を与えるため,ピラー断面やトリム形状の工夫で影響を抑えた。

視界は良くなる。ただし乗り降りのしやすさと、乗ったときの圧迫感には影響が出る。だから断面と内装の形で抑えた——という順序です。効果・影響・対策が、資料の側で1セットになっている。

リヤデッキも同じ書き方です。

ショートデッキ化により縮小するトランクの前後開口寸法は,積載動作,筋負担の二つの視点から荷物出し入れ性の分析を行い,デザインと出し入れ性を両立するトランク開口寸法とした。

ここでの「縮小する」は打ち消されていません。デッキを後ろへ動かせばトランクの前後開口は縮む。それを前提に、荷物を出し入れする動作と体への負担という2つの見方で分析し、両立する寸法を決めた、と書いています。縮んだこと自体は消していないのです。

ホイールベースとタイヤの話にも、同じ形で一文が付いています。

ホイールベースの延長やタイヤの大径化で影響を受ける最小回転半径は,前モデルと同等レベルとして取り回し性を維持している。

こちらは「維持している」と書かれているので、結果として悪化はしていない、という報告です。ただし注目したいのは、影響を受ける場所として最小回転半径が名指しされていること。長くして大きくすれば回りにくくなる、という当たり前の関係が、対策の前提として先に置かれています。

前へ出たものもある — そのぶん足元の外側が広がった

ここまでは後ろへ動かした話でした。ところが同じ論文のコックピットの節に、逆向きの記述が出てきます。

新型アテンザは,フロントホイールセンタの前出しによりタイヤハウスの室内への突出が小さくなり,アクセルペダルを前モデルから外側に10 ㎜出すことが可能となった。

前輪が前へ出れば、そのタイヤを収める部屋(タイヤハウス)が運転席の足元へ張り出す量は小さくなります。空いたぶん、アクセルペダルを外側へ10mm動かせた。フットレストの幅も10mm広げ、資料は「足を伸ばせば自然に足が置ける左右均等なペダル配置」と書いています。

プロポーションのために動かした寸法が、そのまま足元の左右方向のゆとりを生んだ形です。

ただし、これをもってデザインは居住性を削らないと読むのは行きすぎです。同じ号のデザイン側の論文は、狙いとしてキャビンを縮める方向もはっきり書いています。エクステリアでは「キャビンをコンパクトに引き締め,ロー&ワイドな強いスタンスを創り上げ」、リヤビューでも「コンパクトなキャビンの組み合わせによって」と述べ、インテリアでは運転席に「適度なタイト感でクルマとの一体感を感じられるアーチ形の空間を表現し」と書いています。縮める狙いと、広がった箇所が、同じ号のなかに同時にあるということです。

足元にしても、広がったのは外側だけではありません。パッケージングの論文は次の節で、コンソールの側面に「大きなコーナR」を設けた理由をこう書いています——「特に大柄な人が,フットレストに足を置いたり後方に足を引いた時など,ふくらはぎがコンソールの側面に接してもエッジ感を感じないように」。内側では依然として当たっており、そこは寸法ではなく形で対処しているわけです。

視界にも同じことが起きています。柱を後ろへ動かしたことで「左右ピラー間の見開き視界角は前モデルに対して9.6°拡大した」。狭くなる方向に効いた乗降性・圧迫感と、広くなる方向に効いた視界角が、同じ1つの移動から同時に出ているわけです。

セダンの後席は、狭くならずに広がっている

キャビンを後ろへ動かしてショートデッキにしたのだから、後ろの席は割を食っていそうに思えます。実際は逆でした。

後席空間は前後方向への姿勢自由度の拡大を目指し,膝前や足元の前後スペースを拡大した。後席スペースの期待が大きいセダンは前モデルに対して膝前スペースを39 ㎜,足元の前後スペースを37 ㎜拡大している。

資料はその原資も書いています。

これはホイールベースの延長及びフロントシートバックの薄型化で実現している。

膝の前が39mm、足元の前後が37mm。原資は、105mm延ばしたホイールベースと、前席シートバックを薄くしたことの2つです。あわせて前席シートのスライダ左右間の幅を25mm広げて「自然な足開き」を可能にし、後席用の空調グリルを設け、センタアームレストの幅を60mm広げたことも書かれています。

荷室も、縮んだまま放置されてはいません。セダンはトランクのヒンジをスワンヒンジに変えることで「開口幅寸法もスワンヒンジとしたことで32mm拡大し積載性を有利にしている」。ワゴンについては「荷室の容量や寸法は歴代モデル同等を維持したうえで,使い勝手の向上に取り組んだ」と書かれています。

数字で見る、動いた寸法

動かしたもの前モデルからの変化資料が併記した影響・関連
フロントホイールセンタからフロントピラーまでの前後距離約100mm拡大視界は改善/乗降性・視覚的な圧迫感に影響
左右ピラー間の見開き視界角9.6°拡大上のピラー後方移動による
セダンのリヤデッキ位置約50mm後方トランクの前後開口寸法が縮小
ホイールベースセダン105mm/ワゴン25mm 延長最小回転半径に影響(同等レベルを維持)
最大径タイヤ225/45R18→225/45R19(外径26mm拡大)同上
アクセルペダル外側へ10mmフロントホイールセンタの前出しによる
フットレスト幅10mm拡大同上
後席 膝前スペース(セダン)39mm拡大ホイールベース延長と前席シートバック薄型化
後席 足元の前後スペース(セダン)37mm拡大同上
後席センタアームレスト幅60mm拡大—
ステアリング位置17mm後方・8mm下方操作のしやすさと保持のしやすさ
ナビ画面位置50mm上方(見おろし視認角度30°→20°)視認性の改善
セダンのトランク開口幅32mm拡大ヒンジをスワンヒンジに変更

数値はいずれもマツダ技報2012年号「新型アテンザのパッケージング」の記載どおりで、前モデル(2代目アテンザ)との比較です。デザインテーマの実現として同論文の第3章に置かれているのは上から5行目までで、それ以降はコックピット・居住空間・荷室の各章の数値です。表の並べ方と、動かしたものと影響を対にして並べる区分は当サイトによる整理です。

なぜ、ここまでやるのか

影響が出ると分かっている寸法を動かし、そのぶん各所に手を入れる。手間のかかるやり方です。その理由は、同じ号の「新型アテンザの紹介」に書かれています。前提として置かれているのは、市場が縮んでいるという事実です。

しかしながら,現在のCD カーは中国などごく一部の市場を除いて減少傾向にある。

このような状況下,新型アテンザでは多くのお客様から共感を得るのではなく,一部の限られたお客様であっても強く熱狂的な共感を得ることで,その鮮明な存在感の獲得を目指した。

市場が縮むなかで、多くの人にそこそこ好かれる形ではなく、限られた人に強く刺さる形を選ぶ。同じ論文は、絞り込む先を「デザイン,走り」の2つだと書いています。そう決めた時点で、影響が出る場所を潰していく仕事が発生するということです。パッケージングの論文がその対応を「この実現に向けパッケージングでは以下に述べる対応を行った。」と書き出しているのは、まさにその順序を示しています。

まとめ

  • 資料が掲げるデザインの特徴は2つで、その実現のためにパッケージングが動かした寸法は3つ(フロントピラー/リヤデッキ/タイヤの四隅配置と大径化)。数字では前輪の中心から柱までの距離を約100mm拡大し、セダンのリヤデッキを約50mm後方へ移した
  • 資料は動かした直後に影響を併記している。前者は乗降性と視覚的な圧迫感、後者はトランクの前後開口寸法の縮小。効果・影響・対策が1セットで書かれている
  • ホイールベース延長とタイヤ大径化が影響する最小回転半径は、前モデルと同等レベルとして取り回し性を維持したと書かれている
  • 前輪は前へ出ており、そのぶんアクセルペダルは外側へ10mm、フットレスト幅は10mm広がった。ただしデザイン側の論文はキャビンを「コンパクトに引き締め」る狙いも書いており、削る向きと広がった箇所が同居している
  • 後席はセダンで膝前39mm・足元37mm拡大。荷室もセダンで開口幅32mm拡大している
  • ここまでやる理由として同じ号の別の論文が挙げているのは、多くの共感ではなく、限られた人からの強く熱狂的な共感を狙ったこと

カタログの数字だけを見ていると、寸法は広い狭いの結果としてしか目に入りません。その数字が、どの狙いのために動いて、どこに影響が出ることを承知で決められたのか——技報はそこを書いてくれます。同じマツダが走りの側で何を削り、何を足してきたかはなぜロードスターはパワーを追わないのか?マツダ「人馬一体」の設計思想と5グラムの軽量化で、エンジンの側の相反をどう解いたかはマツダはなぜガソリンを圧縮着火させられたのか — 火花で作った火の玉を、第二のピストンにするで扱っています。

この記事が扱っていないこと

  • 実車に乗った評価は含みません。この記事はマツダ技報の記述だけを読んだものです
  • 変化前後の絶対値(全長・室内長・トランク容量など)は、この3本の論文には数値として載っていません。記事に出てくる数値は原則として前モデルからの変化量です(例外は資料が前後の値を書いている見おろし視認角度30°→20°とタイヤサイズ225/45R18→225/45R19の2つ)
  • 約100mmの内訳は資料に書かれていません。柱がどれだけ後ろへ、前輪がどれだけ前へ動いたのかは分けて書かれていないため、この記事でも分けていません
  • 現在販売されているモデルの仕様ではありません。3代目アテンザは2012年に発表されたモデルです

出典: マツダ株式会社「マツダ技報 No.30(2012)」より「新型アテンザのパッケージング」(P73-77)、「新型アテンザのデザイン」(P66-72)、「新型アテンザの紹介」(P60-65)。いずれも同社サイトで公開されているPDFを2026年9月3日に取得しました。日本語の引用はすべて原文どおりで、原文の単位記号(㎜・°)もそのまま記載しています。動かしたものと影響を対にして並べる表の区分、および効果・影響・対策が1セットで書かれているという読み方は、当サイトによる整理です。

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